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加納新太

  • 職業は著述家・作家・脚本家。自称では「物語探偵」。

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  • : 君の名は。 Another Side:Earthbound

    君の名は。 Another Side:Earthbound
    新海誠監督の映画『君の名は。』の小説版です。新海監督執筆の『小説 君の名は。』が、映画と同じストーリーラインを追うのに対し、こちらでは、短編集形式で登場人物を掘り下げをしています。「これを読むと映画の内容がすんなり理解できる」と角川の玄人衆から高評価を受けました。リアル書店では見つけにくい本のようなので、取り寄せ等の対処をお勧めします。

  • : いなり、こんこん、恋いろは。

    いなり、こんこん、恋いろは。
    月刊ヤングエース(角川書店)連載中の漫画『いなり、こんこん、恋いろは。』(よしだもろへ)の小説化です。この作品に惚れ込みました。表紙はよしだ先生に描いていただけました。幸せです。

  • : アクエリアンエイジ 始まりの地球

    アクエリアンエイジ 始まりの地球
    カードゲーム「アクエリアンエイジ」のマンガ版です。短編形式で6編収録されています。月刊コンプティークで連載しました。全編の脚本を書いています。

  • : シャイニング・ブレイド 剣士たちの間奏曲

    シャイニング・ブレイド 剣士たちの間奏曲
    RPG「シャイニング・ブレイド」の小説版です。サイドストーリーを集めた短編集です。主人公レイジとヒロイン・ローゼリンデが初めて出会うエピソードも収録されています。

  • : アクエリアンエイジ フラグメンツ

    アクエリアンエイジ フラグメンツ
    トレーディングカードゲーム「アクエリアンエイジ」の小説版です。公式Webサイトでの連載に加筆修正したものです。

  • : 小説 劇場版ハヤテのごとく! HEAVEN IS A PLACE ON EARTH

    小説 劇場版ハヤテのごとく! HEAVEN IS A PLACE ON EARTH
    週刊少年サンデーで連載中、畑健二郎作「ハヤテのごとく!」が劇場アニメになりました。その小説版です。私はこの漫画が大好きで、書けて幸せでした。

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    秒速5センチメートル one more side
    映画『秒速5センチメートル』のノベライズです。新海監督版の内容を逆サイドから描いた物語になっています。第1話がアカリ視点、第2話がタカキ視点です。第3話は交互に入れ替わって展開します。

  • : シャイニング・ハーツ やさしいパンの薫る島

    シャイニング・ハーツ やさしいパンの薫る島
    RPG「シャイニング・ハーツ」の小説版です。原作の物語のサイドストーリー的な位置づけです。3人のヒロインは全員登場し、ゲームでは出番の少なかった海賊ミストラルも活躍します。牧歌的でやさしく、すべてが満ちたりた世界を書こうと思いました。満足しています。

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    fortissimo//Ein wichtiges recollection
    シナリオを担当しました。PCゲーム「fortissimo」のコミック版です。本編のサイドストーリーです。原作:La'cryma、漫画:こもだ。

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    世界めいわく劇場スペシャル
    全編ギャグのドラマCDです。シナリオを書きました。こういうのも書けます、というかこっちが得意技です。守銭奴の人魚姫、腐女子のマッチ売り少女、百合ハーレム状態の白雪姫、全ての言動が破滅的なシンデレラ、などが世界の名作童話をむちゃくちゃに解体します。役者さんにはほとんど無茶振りともいえる「一人最大9役」を演じていただいています。

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    シャイニング・ウィンド -アナザーリンク- 鬼封じの剣士
    RPG「シャイニング・ウィンド」の小説版です。ゲーム本編のノベライズではなく、主人公たちの過去の物語を書きました。自分に伝奇小説が書けるか、ジェットコースター型の展開が書けるか、というのが、個人的なチャレンジでした。ありがたいことに、かなり好評を博しています。

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    シャイニング・ティアーズ to ウィンド 姫君たちの冒険
    RPG「シャイニング・ティアーズ」「シャイニング・ウィンド」の短編集です。基本的に、原作の物語がスタートする前を舞台にしています。いわゆるプレ・ストーリーです。エルウィン、マオ、ヴォルグ、ブランネージュ、クララクランが登場します。

  • : ほしのこえ あいのことば/ほしをこえる

    ほしのこえ あいのことば/ほしをこえる
    原作/新海誠。新海監督のデビュー作を小説化したものです。少女視点の「あいのことば」、少年視点の「ほしをこえる」の二部構成となっています。表紙はブルーの箔押しで、美しいデザインです。『雲のむこう、約束の場所』と並べてみると、帯込みで対比的になるようにデザインされています。

  • : シャイニング・ティアーズ 神竜の剣

    シャイニング・ティアーズ 神竜の剣
    RPG『シャイニング・ティアーズ』の小説版、続編です。単独の本としても読めるつくりになっています。作者としては、前作よりも納得のいく出来です。勇ましい物語です。

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    雲のむこう、約束の場所
    原作/新海誠。劇場アニメーション映画『雲のむこう、約束の場所』を小説化したものです。装丁がとても美しく、それで手に取った方も多いようです。

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    シャイニング・ティアーズ 双竜の騎士
    セガのRPG『シャイニング・ティアーズ』をもとにしたヒロイック・ファンタジィ小説です。ノベライズです。

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    タウンメモリー
    架空の海辺の街(モデルは藤沢あたり)に暮らす女子高生が主人公の日常小説です。題材的に、少し恥ずかしいなという気分もありますが、気に入っている作品です。

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    アクエリアンエイジ Girls a War War!
    マンガです。トレーディングカードゲーム『アクエリアンエイジ』のキャラクターが毎話ドタバタ暴れて大変なことになります。もとはゲームの遊び方をチュートリアルするマンガだったのですが、いつのまにか趣旨が変わっていました。シナリオを担当しました。絵は『少年陰陽師』のあさぎ桜さん。

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    月姫 アンソロジーノベル〈2〉
    PCゲーム『月姫』を題材にしたアンソロジー短編集、第2巻です。第二話『天へと至る梯子』を執筆しています。琥珀が主人公です。

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    月姫 アンソロジーノベル〈1〉
    PCゲーム『月姫』を題材にしたアンソロジー短編集です。遠野秋葉が主人公の第一話『かわいい女』を執筆しました。

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2021年2月10日 (水)

「堀井さん手書き文書」から推測する初期版ドラクエ3(3)

『ドラゴンクエストミュージアム』にて展示されていた、ドラクエ3の制作資料から、(製品版とは違う)制作初期の構想を読み解いていこうというシリーズです。
 今回は第三回です。

 第一回はこちら。
「堀井さん手書き文書」から推測する初期版ドラクエ3(1)
 第二回はこちら。
「堀井さん手書き文書」から推測する初期版ドラクエ3(2)

 

 今回はバハラタ周辺とランシールを取り上げます。おもに「賢者」の話になります。

 ※注:「ドラクエ10」を、私がどういうふうに「読んで」いるのか、物語のスキマをどういう形で埋めて空想しているのか、ということを、自分勝手に語るエントリです。
 こうにちがいない! ということではなく、こういうふうに捉えれば、読み手の私は心豊かなキモチになれますという、そういうニュアンスです。
 小説版、外伝等は参照しておりません。

 

■いっけん、製品版どおりなんだけど……


 今回も例によって、イベント会場で私がうつしとってきた手書きのメモを掲示しますので、それを見ながらお読みいただくと良いと思います。

 この記事でいくつか掲示する、白地図に書き込みをしたようなものは何かというと、堀井雄二さんがドラクエ3の構想を記した手書きのマップです。

 ワールドマップを描き、そこに町やらダンジョンを描き加え、そこで起こる事件や、手に入る重要アイテムをメモしたものです。

 堀井さんはドラクエを作るとき、この作業を最初期に行うそうです。なので、「堀井さんが最初に構想した内容が、そのままダイレクトに出ている」というのがこの資料です。

 最初期の構想なので、製品版との間に、いくつか違いがあります。その違いをみることで、「堀井さんは当初こういうことをドラクエ3でやろうとしていたのか」が推測できるというわけです。

 当記事に掲示される画像はすべて、『ドラゴンクエストミュージアム』にて展示された制作資料を、私が手書きで部分的に再現したものです。画像で示されている内容は、株式会社スクウェア・エニックスと共同著作者の著作物です(アーマープロジェクトも権利を持っているはず)。著作権法第32条に基づき、研究を目的とする引用としてこれらを掲示します。展示会場で書き写したため、写し間違いが生じている可能性があります。これらの画像の転載・改変・再配布を禁じます。孫引きも遠慮してください。

 地図記号の内訳はこうです。

 回 城(K)
 ◎ 町(M)
 ○ 村(V)
 ☆ ほこら(S)
 I 塔(T)
 ■ 洞くつ(D)


 初期構想におけるアジア圏をみていきましょう。

(初期設定資料バハラタ・ダーマ周辺地図・抜粋)

Img053b

 さて、まずはインドと推定される位置に、町◎M6があり、「黒こしょう」と書いてあります。その上に洞くつ■D8があり、「とらわれ娘」と書いてあります。

 これは製品版とまったく同じ、バハラタの町カンダタのアジトです。盗賊カンダタにさらわれた娘を助け出してバハラタに連れ帰ると、黒こしょうを売ってもらえるようになる。黒こしょうをポルトガの王様に献上すると、船が手に入る……という流れです。

「盗賊にさらわれた娘を助け出して、黒こしょうの提供を受ける」というクエストは、制作最初期から構想されており、製品版でもその通りに実装されたわけですね。

 次に、視線を右に動かして日本列島。V9の位置にジパングの村があり、その隣にダンジョンD9が置かれています。これも製品版のとおりです。

 D9に「くさなぎのけん」と書いてありますので、「ジパングでやまたのおろち退治をする」というクエストも最初期からすでに存在していたと見なせます。

 われわれがダーマ神殿として知っている施設の位置にお城、回K7「転職の寺院」と書いてあります。ダーマ神殿は転職のための施設なのでこれも製品版と一致。

 その右上に塔T2があり「さとりのしょ」と書いてあります。製品版ではここにガルナの塔があり、さとりのしょが置かれていますから、これも製品版のとおりです。

 ダーマ神殿とガルナの塔は、チベットと推定される場所に位置しており、製品版のさとりのしょ(悟りの書)は上位職「賢者」になるためのアイテムです。
 秘境におもむき、踏破困難な塔にのぼり、「より高みをめざすのだ」という意思を示した者に、賢者への道がひらかれる……というストーリーになっています。

 なんだ、この画像に載っている要素は、ぜんぶが製品版どおりじゃないか、ということになるのですが。

 じつは別の資料とつきあわせると、違う意味が生じてくるのです。


■さとりの書(僧侶のみ使用可能)

 ドラクエミュージアムの展示ブースには、堀井雄二さんの手書きによる、アイテムリストも展示されていました。これもごく初期に書かれたと推定されるものです。

「こういう効果を発揮するアイテムを必要とするので、実装可能なようにシステムをつくってね」とプログラマに伝えるためのものかなと思います。

 そのリストの一部分の抜粋ですが、こんなことが書かれていました。

 

Dq_satori_b

 

「道」は「道具」の意味です。武器には「武」、防具には「防」と書かれています。

 ゆ せ ま そ
 ぶ け し あ

 とあるのは、それぞれ「ゆ=勇者」「せ=戦士」「ま=魔法使い」「そ=僧侶」「ぶ=武闘家」「け=賢者」「し=商人」「あ=あそび人」を意味する記号です。

 この記号にマルがついている職業だけが、このアイテムを使用(装備)できる、という仕様を指示したものです。

 たとえばラーのかがみの欄を見ると、全職業にマルがついています。パーティーの誰が使用しても効果を発揮する、ということですね。
(効果欄の「猫馬の呪いをとく」が気になった方は、「前回」をご覧下さい)

 このリスト、「さとりのしょ」の欄を見て、ビックリしたのです。

 まず「そ」にだけマルがついている。つまり「僧侶のみが使用可能」という仕様が明記されているのです。そのうえで、

「最大MPが10~15アップ T2にある」

 という効果が書かれている(T2はガルナの塔)。

 前述のとおり、製品版のさとりのしょは、「パーティーメンバーの誰か一人を賢者に転職させる」という効果です。

 ところが初期構想ではそうではなかった。「僧侶の最大MPをアップさせる」というアイテムだったのです。

 僧侶のためのアイテムがガルナの塔に置いてあるのですから、初期構想でのガルナの塔は「僧侶のためのクエスト」だったってことになります。

 ガルナの塔はチベットとおぼしき位置にあります。
 秘境チベットはチベット仏教の聖地

 だからストーリーとしてはこんな感じになります。

 アリアハンで見習い僧侶をやっていた人物が、「自己をもっと研鑽しよう」という志をたて、とある若者(勇者)の旅のお供をする決心をした。

 広い世界を旅してまわるうち、世界の果ての山奥に、聖職者たちの聖地をみつけた。

 修行して、より高い存在になりたいと思った僧侶は、山をのぼり、塔をのぼり、その塔に渡しかけられた細い一本のロープを渡り、悟りの奥義が書かれた書物を手にいれた。

 そして彼(彼女)は、「僧侶としての」より高い能力を手に入れたのである……。

 この、僧侶と「さとりのしょ」をめぐる話、まだまだ続きます。


■賢者の石ランシールに眠る

 製品版のドラクエ3には、オーストラリア(だと思われる)位置にランシールの町があり、その中にランシール神殿があります。

 製品版のランシール神殿からいける「地球のへそ」という洞くつは、パーティーメンバーから離れて一人で探索しなければならないルールになっており、その奥底にはブルーオーブが眠っています。

 初期構想ではこの地方はこうなっていました。

(初期設定資料ランシール周辺地図・抜粋)

Img054b


 初期制作資料にみえるオーストラリア大陸には、ランシールの町はありませんが、「地球のへそ」に相当するダンジョン(■D10)はあります。

 そこには、入手できるアイテムとして(なんと)「けんじゃの石」と書いてあります。そして説明書きとして「誰がいくかで見つけるものがちがう」とあります。

「誰がいくかで」と書いてあるのですから、この初期段階ですでに「当ダンジョンには一人でしか突入できない」という構想はあったことになります。

 この初期資料に書いてあることを素直に読めば以下のようになります。

 ドラクエ3は、いろんな職業の仲間をひきつれて旅するゲーム。一人でしか入れない洞くつに、どの職業の仲間をつっこむかで、見つかるアイテムがちがうようになっている。

 たとえば戦士で行けばいかつい鎧が手に入るのかもしれないし、魔法使いで行けば賢さの種が手に入るのかもしれない。

 その中で、とある職業を選んで突入した場合、最奥部の宝箱に入っているものは「けんじゃの石」である。

 と、こういうことでしょう。


■賢者になるための「クエスト」

 ここからが私の想像。

 まず第一に、この初期設定において、けんじゃの石を見つけることができる職業は「僧侶」だと思います。

 第二に、この初期設定における、けんじゃの石の使用効果は、「賢者への転職が可能になる」だと思うのです。

 そう思う理由を述べます。

 製品版の「けんじゃのいし」は、使うと無限にベホマラーが打てるチートレベルのアイテムでした。ラストダンジョンに置いてあり、事実上、ラスボス戦のお助けアイテムとなっています。

 こんな強力なアイテムが、上の世界の中盤で手に入ってしまってはまずい。
 だから、初期資料に(ここ、ランシールに)書かれている「けんじゃの石」は、ベホマラー効果のアイテムであったはずがない、と私は考えるのです。

 別の効果を発揮するアイテムとして、想定されていたはずです。

 前述のとおり、ガルナの塔で手に入る「さとりのしょ」は、製品版では「賢者への転職を可能とするアイテム」なのですが、初期設定時には「僧侶の能力をちょっと底上げするイベントアイテム」にすぎませんでした。
 初期構想では、ガルナの塔に登っても賢者にはなれないのです。

 では、初期構想では、「何を手に入れたら」賢者になることができる想定だったのでしょうか。

 ひょっとしたら、何も手に入れなくとも、ダーマ神殿に行くだけで賢者になれる……んだったのかもしれませんが、「僧侶をいくぶん強くする」ために専用ダンジョンとアイテムが用意されているのに、鳴り物入りの上位職・賢者になるためには何も用意されていない、というのは、いまひとつ間尺に合いません。何かあったほうが自然なのです。

 賢者になる……?

 よく考えてみると、けんじゃのいしを使うとなぜ全体回復の効果があるのでしょう。私はいままで「とにかくそういうものらしい」で納得していました。もう「とにかくそう」くらいしかいいようがないでしょう。

 でも「けんじゃのいしをつかうとけんじゃになれる」だったらどうでしょう。これはダイレクトに納得させる力があります。だって「けんじゃ」って書いてあるんだもんよ。


■地球のへそに僧侶で潜れ

 地球のへそに僧侶で潜った場合にのみ、「賢者になることができるアイテム・けんじゃの石」が入手できる想定だったのだろうと私は考えます。それはなぜか。

 初期構想時の地球のへその、ダンジョンとしての規模が、製品版と同じくらい広くて深いものだったと想定しましょう。

 そんなダンジョンを単騎で踏破できるのは、回復呪文を使用できる職業だけだろうと推定できます。ぶっちゃけ、勇者か僧侶でないとまともな踏破は不可能でしょう。

 戦士や魔法使いでクリアするというのは、ラスボス撃破後くらいのレベルになってから、ちからの盾か何かを持ち込んでの話になりそうだ。

 勇者が単騎で挑み、けんじゃの石を持ち帰るんじゃダメなのか?
 ダメだと思います。
 なぜなら勇者は転職できないからです。転職できない以上、賢者にもなれません。

 このダンジョンは、「一人で苦難に挑み、その当人にふさわしい宝を持ち帰る」という意味を持ったクエストだと想定できます。

「勇者がけんじゃの石を持ち帰り、誰か適当なパーティーメンバーを賢者にする」のでは、勇者が味わった苦難の成果に、別の誰かがフリーライドするというかたちになってしまいます。

 はっきりいってしまえば、「僧侶が試練を受け、そのごほうびとして、僧侶が賢者に転職する」。このクエストはそういう想定で組まれていると考えます。

 ドラクエ3は、初見プレイを僧侶ぬきで進めるのは極めて困難なゲームです。ほとんど、たいてい、大多数のプレイヤーは、最低1人の僧侶をパーティーに加えているはずだ、と制作側は想定可能なのです。

 初見プレイで合理的にプレイしていれば、プレイヤーは、僧侶か、魔法使いか、そのどちらかを賢者にするはずだと想定できます(あえて戦士を賢者に、みたいなのは、仕様がわかった二巡目からの話でしょう)。
 魔法使いがいないパーティーは初見プレイヤーでも普通にありえます。でも、僧侶がいない初見プレイは考慮しなくてもよいほど少ないので、僧侶を焦点としたクエストはだんぜん実装しやすい。

 さらにいうと、ガルナの塔の「さとりのしょクエスト」との二段構えになる。


■光だけでなく闇をも知ること

 ドラクエ3における「賢者」は、僧侶の治癒呪文と、魔法使いの攻撃呪文の両方を、フルサイズで使用できる職業です。下位二職の、ほぼ上位互換です。

 神の力も持ち、魔の力も持つ。治癒破壊をひとつの身で同時にきわめる。
 それは「光と闇」「天上と、地の底」という言い換えが可能だと思うのです。

 賢者になろうという者は、その両方の世界を知っていなければならない……という思想がありそうな気がする。
 賢者は、天界の光を呼び寄せて人を癒やすことを知っていなければならないし、地の底によどむ暗い破壊衝動も知っていなければならない。

 いま……(つまり初期構想のストーリーでは)その人物は、山脈の秘境にある聖職者の聖地で、天界そのものに届きそうな高い塔に登り、光を極めるという試練を経た(さとりのしょの獲得)。天の光を知るというクエストをクリアした。

 でもそれだけでは、すばらしい僧侶にはなれても、賢者にはなれないのだ(という思想がありそうだ)。
 賢者であるためには、天の光だけでなく、地の底によどむ闇の力も知らなければならない。なぜなら、世界は、そして人間は、その両極でできているのだからだ。

 だから彼(彼女)は、たった一人で深くて暗い地の底、地球のへそという迷宮に潜り、闇を見据えてこなければならない。光の極まるところを見て、闇の極まるところを見てきた。その両方を知る人物こそが「かしこき者」=賢者にふさわしい。

 ……というような「ストーリー」が構想されていたとしたら、これは気持ちよく整合するよね、と私には感じられるので、そういう仮説を提案するわけなんです。


■ドルマ系とイオ系

 ドラクエ7までの賢者は、上述のドラクエ3と同様、「僧侶の呪文と魔法使いの呪文を両方使いこなす」というコンセプトです。ここでいう魔法使いの呪文とは、イオ系(光属性)やヒャド系(氷属性)などです。

 ドラクエ10やドラクエ9では(と、この順番なのは、企画が立ち上がったのがこの順序だから)ここに変更が加わっています。
「回復呪文と攻撃呪文を使う」というコンセプトは同様なのですが、魔法使いが使うメラ(炎)・ギラ(炎)・ヒャド(氷)系呪文が使えなくなりました。

 そのかわり、攻撃呪文として「ドルマ系(闇属性)」が新設され、「賢者はドルマ(闇)系とイオ(光)系を得意とする」という新設定になりました。

 これはもう文字通りの「光と闇を同時に知る者」という表現です。ドラクエ10の賢者転職クエストでは、「心の中に闇をかかえていない者は決して賢者になれない」というそのものズバリのストーリーが描かれます。

「賢者というのは、治癒と破壊、光と闇を同時に知る者だ」
 という思想が、ドラクエ3のころから、伏流水のようにドラクエシリーズにずっと隠れていたんじゃないかと思うのです。
(そういえば3の魔法使い最強呪文はメラ「ゾーマ」。「闇そのものである存在」の名前が入っている)

 そしてドラクエ10と9のディレクターを務めた藤澤仁さんが、そういう思想を、師匠の堀井さんから聞いていたとしても全然おかしくない。
 時おりしも、ドラクエモンスターズ・ジョーカーで、モンスター専用呪文としてドルマ系というのが導入された。
「堀井さん、この闇系の呪文というのを、賢者に導入してはどうでしょうか」
 ひょっとしたらそんな提案をしたかもしれません。
(言い出したのは堀井さんであってもかまいません)


■フラクタル構造(どうしてボツになったか)

 以上のような仮説をよしとする場合、ドラクエ3の中で、まったく同じ構造がもう一度リフレインされます。

「天界にいちばん近い山の上にある竜の女王の城に行き、光の玉を手に入れ、もっとも闇が深いところにひそむ魔王のところに持って行く」

 というのが、ドラクエ3の最終的なクエストです。これは上述の「光に触れ、闇にも触れる」という「賢者転職クエスト仮説」とまったく同型です。

 ドラクエ3の序中盤でこの構造があらわれ、ドラクエ3全体においても、この構造でしめくくられるのですから、いわゆるフラクタル構造(部分と全体が同じかたちをしているもの)になり、美しいのです。

 そしてそれ自体が「この構想がボツになった理由」だと考えます。

 容量が足りなくて、イベントを大幅に削ろうよ、となったとき、「光と闇の両方を極めよう」という意味のイベントがふたつあるから、ひとつ削ろう、という話になるのは自然です。

 また、僧侶にスポットが当たりすぎる、というバランス感覚もありそうです。「この物語が誰のお話なのかが、ぶれるよね」という判断がなされていそう。


■僧侶しか賢者になれないのか?

 ……と、以上のようなことが、ドラクエ3の「フィールドマップ・ラフコンテ」から私がむやみに想像をめぐらした仮説です。

 こういう疑問が生じそうです。「では、初期構想のドラクエ3では、僧侶しか賢者になれない想定だったのか?」。

 それについては、
「僧侶でないと転職アイテム《けんじゃの石》は入手できないが、入手したあとは、誰でも賢者になれる仕様だっただろう」
 というのが、私の考えです。

(資料の初期アイテムリストに、けんじゃの石が載っていたら、そういうことも一発でわかったでしょうが、あいにくミュージアムにはそのページは掲示されてなかった)

 ストーリーラインを追っていけば、あきらかに、僧侶が賢者に転職するのがふさわしいと感じるように作られている
 が、ゲームの仕様としては、僧侶以外でも賢者になれる。

 ……というつくりになっているのがドラクエっぽいよね、と感じるのです。

 たとえばドラクエ2の「みずのはごろも」。機織りの達人ドン・モハメはみずのはごろもを「ムーンブルクの王女が着るのがよかろう」といって手渡してくれるのですが(アイテムのイメージとしても、それがふさわしいと感じられるのですが)、サマルトリアの王子も、まったく問題なく着用可能です。

 また、ドラクエ5の嫁選び。ストーリーラインを追っていけば、誰がどう見ても、「ビアンカを嫁にするのが物語としてふさわしい」といえるものになっています。
 でも、フローラを嫁に選ぶことができますし、それで何の問題もなくストーリーは展開していきます。

「ストーリーとしては、明らかにこっちを選ぶのが正しいように語られているが、そうでないほうをあえて選んでも全然問題ない」
 という作り方をドラクエは好むのです。

 なので、この記事の仮説が正しい場合、「勇者以外の誰でも賢者に転職可能」という仕様が選択されただろうと考えます。

 でもそうだとすると、
「勇者ではけんじゃの石を持ち帰れない、なぜなら試練のフリーライドが発生するから」
 という議論を経ているのに、僧侶が持ち帰った賢者の石を他のパーティーメンバーがフリーライドするのはOKだというのか? 矛盾してるじゃないか。
 という話になりますよね。

 それについてはこう思うのです。「そのくらいの矛盾はべつにあってもいいんじゃないかなあ」
 ほかの大部分が、わりときれいに説明できているので、多少合わないところがあっても、まあいいかっていう感じです。こういう「多少の合わない部分」が許せないせいで、せっかくの魅力的な仮説を、自分で捨てちゃうっていう人が多いような気がするんですね。

「たいしたことない部分をいちいち合わせないほうが、全体の魅力は増えることが多い」という経験則を私は持っていますので、みなさんもそのくらいに大ざっぱにとらえてみてはどうでしょう。

 そんな感じでご機嫌をうかがっておきますね。本日(この記事の更新日)、ドラクエ3の発売33周年記念日だそうです。33年たってもまだいくらでも語れるのだから凄い。

 

2017年10月22日 (日)

「堀井さん手書き文書」から推測する初期版ドラクエ3(2)

 渋谷ヒカリエとひらかたパークで行われた『ドラゴンクエストミュージアム』に行ったら、ドラクエ3の制作資料が展示されていた。それをじっと見ていたら、「(製品版と違って)制作初期には、こんなプランがあったんやな」ということがだいぶわかった。それを皆さんにお知らせします……というシリーズの第二回です。

 第一回はこちら。
「堀井さん手書き文書」から推測する初期版ドラクエ3(1)

 このシリーズで主に取り上げているのは、ドラクエミュージアムに展示されていた、ドラクエ3のワールドマップのラフコンテです。
 これはどういうものかというと、白い紙一枚に、「上の世界」の白地図が描かれていて、その中に、城やら町やらダンジョンやらが書き加えられている、というものです。

 この「マップのラフコンテ」の位置づけがどうもわかりづらいようなので、あらためてここで整理しておきます。
 堀井雄二さんのエッセイ集『虹色ディップスイッチ』(ビジネス・アスキー)に、ゲームシナリオ執筆の作業工程を解説した章があります(p.86-90)。そこに書いてあることを要約すると、堀井さんの作業工程は以下の通りです。

・おおまかなストーリーを頭の中で作り上げる。
・モンスターの(外見の)ラフコンテを描いて鳥山先生に送る。
フィールドマップのラフコンテを作る。(←これ)
・城、町、洞窟、塔のマップを方眼紙に描く。
・フィールドマップ(地形などが完全に入ったもの)をパソコンで作成。
・人のセリフを書く。
・各種アイテムの指定(効力、値段、使った時のメッセージ等)。
・戦闘中のメッセージを書く。
・モンスターのパラメータを決める。
(注:これは厳密には「ドラクエ2」のときの作業工程です。3では多少の変化があるかもしれません)

 このエッセイの内容に従えば、
「堀井さんの頭の中にある物語が、初めて紙の上に出力される工程」
 が、この「マップのラフコンテ」であり、ドラクエミュージアムにはまさにそれが展示されていたのだ、ということになるのです。

 これは白地図みたいなもので、これに城や町、洞窟、塔などを描きくわえてゆく。
 そして頭のなかにあるストーリーに合わせて、どの洞窟でなにが見つかるか? あるいは、どんなイベントがあるか? どんな情報が聞けるか? 等を書きくわえてゆく。

堀井雄二『虹色ディップスイッチ』(ビジネス・アスキー)p.87

 いってみれば、「堀井さんが頭の中で最初につくった全体像」に、きわめて近いものが、ここに出ていると考えていい。

 そして、このマップコンテに「製品版には存在してない町が書いてある」とか、「製品版には存在しているダンジョンがなぜか書いてない」とかいった差異があるのです。
 そうした差を見比べることで、「初期にはこんなアイデアを実装しようとしていたのか」ということがわかってくる。
 そんなことをやっているのが、今回のシリーズです。前回から時間があいたので、おさらいをしてみました。

 

■伝説を再現する「猫馬」

 前回はノアニールと「すいしょうだま」に関して、想像をめぐらしました。
 今回注目するのは、アフリカ大陸に相当する場所です。

 前回は、文字だけでなんとか説明しようとしたのですが、やっぱり理解してもらうのが難しいようなので、画像を掲示することにします。
 この記事に掲示される画像はすべて、『ドラゴンクエストミュージアム』にて展示された制作資料を、私が手書きで部分的に再現したものです。画像で示されている内容は、株式会社スクウェア・エニックスと共同著作者の著作物です(たぶんアーマープロジェクトも権利を持っているはず)。著作権法第32条に基づき、研究を目的とする引用としてこれらを掲示します。展示会場で書き写したため、写し間違いが生じている可能性があります。これらの画像の転載・改変・再配布を禁じます。孫引きも遠慮してください。

 

 さて、アフリカ大陸近辺には、こんな感じでプランが書き込んでありました。順繰りに見ていきましょう。

Img058_2

 

 

 まず、右上に町「◎M2」。これはそのまんまポルトガです。王の手紙が手に入り、そののち船が入手できる。ここまでは製品版通りです。
「猫馬」「パープルオーブ」と書いてあるのがミソです。製品版のドラクエ3では、ポルトガにパープルオーブはありません。パープルオーブはジパングにて入手するのです。

「猫馬」ってなんだ。

 製品版のポルトガに、猫馬なカップルがいました。サブリナとカルロスは恋人同士なのですが、魔王バラモスに呪いをかけられてしまいます。サブリナは夜のあいだだけ猫になってしまう呪い。カルロスは昼のあいだだけ馬になってしまう呪い。二人は同時に人間でいられることは決してない……というような境遇です。
 製品版では、バラモスを倒すと、自然に呪いがとけてめでたしめでたしとなります。この二人に、主人公が能動的にからんでいく展開はありません。バラモス退治のお礼にサブリナが「ゆうわくのけん」をくれますが、この段階で入手しても戦力的な意味はほぼ無でした。

 この「猫馬」が、マップコンテにわざわざ書いてあるということは、おそらく本来はもっと重要なイベントだったはずです。

 ミュージアムで展示されていた別紙に、「アイテム効能表」のようなものがありました。これも堀井さんによる手書きの文書で、イベントアイテムなどについて「武器なのか防具なのか道具なのか」「誰が使用できるのか」「その効果は何か」ということがリスト化されているものです。

 そのアイテムリストの中に、こんな項目が書かれていました。

ラーのかがみ   K8の王の正体をみやぶる
           M2の猫馬の呪いをとく

 K8はサマンオサに相当する城です。「ラーのかがみを使って、サマンオサのニセ王の正体をあばく」というのは、ドラクエ3でもっとも印象的なイベントのひとつです。
 それに加えて、初期構想ではどうやら、
「ラーのかがみを使って、猫馬さんたちの呪いをといてあげる」
 というクエストが、実装される予定だったようなんです。
(パープルオーブは、そのお礼として入手されるものだったのかな?)

 堀井さんがこのクエストを実装したいと思った理由は、わりと簡単に想像できそうだ。

 まず、ドラクエ初期2作には、偉大なる「勇者ロト」という存在が、神話的伝説として語り継がれています。
 その後に登場した、この「ドラクエ3」という作品は、これまで語られてきた勇者ロト伝説をネタとして回収する物語なのです。
 ドラクエ3のエンディングで、「ドラクエ3の主人公は、実は勇者ロトその人だった」という真相が明らかになります。「勇者ロトって、オレのことだったんだ!」という、最大級の驚きが、ここで提示されるのですね。
 堀井さんは、ドラクエ3を作ろうということになったとき、「そういう驚きをバーンと提示したいよね」と考えていたのです。

 さて。
 ラーの鏡は、ドラクエ2で印象的に登場したアイテムです。ラーの鏡は、ものごとの真実を映し出す品物であり、呪いで犬にされていた王女を元に戻すのに使用されました。

「このラーの鏡は、かつて勇者ロトの手の中にあったものだ」
「勇者ロトもまた、この鏡を使って、動物の呪いを解いたことがあるのだ」

 と、そのような形になったとき……。

 ドラクエ2で、ローレシアの王子の手の中にあるラーの鏡は、どこかからポッと出てきた謎の鏡ではなく、かつて偉大な祖先がその手に持っていた伝説的遺物です。

 その伝説的遺物を使って、勇者ロトと同じように動物の呪いを解くとき、それは単に魔法の品物を使ったということにとどまらず、
「時代をこえて、伝説が再現されたのだ」
 という形になります。

 そのような形を作ることを、堀井さんは狙っていたのではないかと思うのです。そのために、動物の呪いを解くクエストを入れようとしたのだと思います。

 そして、このクエストがボツになった理由も、はっきりしています。
「オリビアの岬」のイベントと内容がかぶるからです。

 オリビアの岬では、
「死んでもなおお互いを思いあう恋人たち。その霊魂を再会させてやり、愛を成就させてやる」
 という物語が展開しますが、これは猫馬さんたちとほぼ同一といっていいストーリーです。

 容量が足りなくて、何か削らなきゃいけないということになったとき。

・ラーの鏡で真実を暴くイベントは2つも要らない。ひとつでいい。
・愛し合う恋人の再会をテーマにしたイベントも、2つは要らない。

 そういう判断がごく自然に導かれ、猫馬イベントはまっさきに削除され、「ゆうわくのけん」だけが半端に残った……ということなのでしょう。たぶん。

 

■君の名はムー

 ポルトガから湾岸沿いに南にくだって、中央右寄りの「◎M5」をご覧ください。

 製品版には、この位置に町はありません(そのかわり、「イシス西のほこら」、リメイク以降の名前では「旅人のほこら」がある位置です)。◎M5は製品版では削られた……ボツになった町なのです。

 ここには、イベント内容がまんま書いてあります。

 まほうのカギ
 ぬすまれる
 とりかえすと
 やみのランプ

 ◎M5に入ると、イシスで苦労して入手したまほうのカギを奪われてしまう。町中でなんやかや調べたり追い回したりして、取り返してみると、ついでに闇のランプが入手できる。
 ドラクエ8に、町中で馬車を盗まれてしまい、必死になって犯人をつきとめるイベントがありましたが、まさにそういうのがドラクエ3でも予定されていたわけです。
(というか、逆に言うと、ドラクエ8になるまでそれ系のイベントは実現できなかった)

 なんでそう「ドラクエ8みたいなやつ」と言い切れるかというと、例によってJICC出版局の『ドラゴンクエストⅢ マスターズ・クラブ』で、堀井さんがそのものずばり「そういうプランがあったよ」とおっしゃっているからです。

「(略)Ⅲでボツになったアイデアなんだけど、ひとつの町が完全に推理モノのアドベンチャーになってるってゆーのがあったのね。これがそれなりにオモシロかったわけ。そういった展開でゲームが作れるかなってゆーのはあるよね。表に出てない部分で、勇者じゃなくて、誰か違う人間を主人公にしたゲームってゆーのをね。たとえば、商人の話で金もうけだけをやるとかね。」
――そのボツになったイベントって、ストーリーには関係なかったんですか?
「いや、若干関係あったんだよね。解かなくてもいいんだけど、解くとちょっといいモノがもらえたの。実を言うと、闇のランプはそのイベントでもらうハズだったんだ。

『ドラゴンクエストⅢ マスターズ・クラブ』(JICC出版局)p.8

 このインタビューで、「商人の話で金もうけだけをやるとか」と、明らかにドラクエ4のトルネコ編を念頭に置いた話をおっしゃっています。なぜか唐突に、その話がぽろっと出てくるところが味わい深いのです。

 なぜなら……(これはだいぶ有名になったから知ってる人も多いと思うけど)。
 ◎M5に付けられる予定だった町の名前は「レイクナバ」というからです。
 レイクナバは、ドラクエ4における、トルネコ編のスタート地点の地名。

 堀井さんは、インタビュアーに聞かれて、ボツになった◎M5の町のことを思い出し、

「そういえば、あの町はレイクナバって名前になるはずだったんだよなあ」

「レイクナバって名前は、今作ってるドラクエ4の商人編に流用したんだよなあ」

ひたすら金儲けに精を出す異色のシナリオ・トルネコ編の話をぽろっと持ち出してしまう。

 という連想ゲームを働かせたのかなって思います。

     ☆

 あそうそう。

 どうして◎M5の名前がレイクナバだと言い切れるかというと、ドラクエミュージアムに、以下のようなペラ1枚のメモが展示されていたからです。以下の画像は加納が会場で見たその資料を再現したもので、現物はすべて手書きです。例によって著作権法上の引用による利用であり、禁転載・禁改変・禁再配布です。

Photo

 

 

 この資料でレイクナバ以上に衝撃的なのは、
「下の世界をアレフガルドと呼ぶように、上の世界をまとめてムーと呼ぶ」
 という初期設定が存在したことです。

 やっぱりそうなのか。
 という、納得がありました。

 いまとなっては、「ムー大陸」という単語じたいを知らない人が多いかもしれませんね。ムー大陸というのは、はるかな古代、太平洋に存在したとされる超高度文明の大陸……の伝説です。
 伝説といっても、UFOとかツチノコとか、口裂け女とかスプーン曲げとか、そういう方向のいかがわしい「デンセツ」であって、基本的に、一般的な教育を受けたまともな人間なら相手にしないタイプのやつです。

 太平洋に、ムー大陸という大陸があって、高度な文明を築いていたのだけれど、大陸が沈んで滅んでしまいました。現在残っている世界中のすべての文明は、じつはムー大陸から受け継がれた部分的な末裔なのである……みたいなおとぎ話があるのだと考えて下さい。

 ドラクエ3の上の世界は、現実の世界地図にそっくりである。そのことはたいへん有名ですけれど、ひとつだけ、現実の地図とは大きく違うところがあります。
 それはアリアハン大陸です。
 現実の世界には、あんな不自然にまんまるい大陸は存在しません。

 太平洋に浮かぶ、この不自然に丸い大陸は何なのか。
 太平洋……。

 ……となったとき、これを「失われたムー大陸が沈まずに残っている姿」に比定するのは、80年代ごろのボンクラ知識に詳しいダメ少年たちには、わりあい自然なことでした(だ、そうです)。

 ドラクエ3には、「かつてアリアハンは、すべての世界を治めていた」という基本設定があります。アリアハン城下町の老人がそういうメッセージを述べます。

 アリアハンが全世界を治めていたのなら、その当時、全世界がアリアハンだったのです。
 アリアハンが「ムー」であるのなら、全世界が「ムー」だった時代があることになります。

「上の世界をすべてまとめてムーと呼ぶ」という初期設定に触れたとき、そういう形での納得が、私の中に生じました。「上の世界にもし名をつけるとしたら、それがムーなのは納得だ」と。
 逆に言うと、上の世界をムーと呼ぶ(つまり、ドラクエ3の世界を、古代超文明に比定する)ためには、「アリアハンがかつて全世界を統治していた」という設定は必須なのです。
 この設定って何で存在するんだろう、というのが、ぼんやり疑問だったのですが、私はそれでようやく腑に落ちました。

 そして。
「どうして上の世界をムーと呼ぶ設定が削除されたのか」についても、なんとなく、わかる気がする。

 なぜなら、世界というものは、ふつう、唯一のものだからです。
 唯一のものは、通常、固有名詞を必要としません。なぜなら唯一だからです。われわれの現実世界に固有名がついていないのは、世界が唯一だからであって、ほかのものとの呼び分けの必要がないからです。「世界」と呼べばいいのです。
 アブラハムの宗教の神(キリスト教やイスラム教の神様)に名前がないのは、彼らにとってその神が唯一の神であって、ほかの神など存在しないという立場なので、ほかの神と自分の神とを名前で呼び分けるニーズが存在していなかったからです。

 もし、「世界」に、固有名詞がついていたとしたら。
 それはたちまち、「この世界は唯一のものではなく、ほかにもいくつか世界があって、それとの間に呼び分けの必要が生じたから」でしかありえません。

 堀井雄二さんは、ドラクエ3のプレイヤーに、そんなこと絶対想像されちゃ困る立場だったのです。

 なぜなら、
「世界はたった一つのものだと思っていたら、ギアガの大穴を飛び込んだ先に、もう一個の世界があって、しかもそれが見慣れた世界だったからビックリした」
 という体験を全員にしてもらいたい、と彼は考えていたからです。

 その体験を全員にしてもらうためには、
「あれ、名前がついてるってことは、別の名前の世界がもう一個別にあんじゃね?
 と思われては絶対にいけない。

 絶対にいけないということに、堀井さんはご自分で気づいて、「ムー世界」というプランをボツにした。
 ……というふうに私は想像します。

 

■ゾンビキラーで霊を斬る

 長くなったので、残りを手短に。

 地図南端に「〇V4」があります。これは製品版で「テドンの村」として知られている地点です。
 製品版のテドンと同様、「ゾンビキラー」「オーブG」と書かれており(実際のゲームでもゾンビキラーとグリーンオーブが入手できる)、端的な説明として「お化け町」と注釈されています。

 テドンの村は魔王バラモスによって滅ぼされ、死者の幽霊だけが暮らしています。夜のうちは人の姿をとって、商売をしたり宿屋を経営したりしているのですが、ベッドで眠って朝になってみると、そこには白骨死体がゴロゴロ転がっている……。そういうわりあいショッキングなイベントが展開します。

 ドラクエ3は、主人公の移動時間に応じて、昼になったり夜になったりするゲームです。堀井さんは、当然、それをギミックとして利用したクエストを入れたいと考えて、テドンのイベントを考案した(猫馬やサマンオサも同様)。
 つまり、このマップコンテが作られた再初期段階ですでに、「昼と夜がある世界にしよう」というプランが存在した。
 昼夜のプランが存在したということは、この段階ですでに、

「この物語は、光を代表する者と、闇を代表する者との闘争の話なんだ」

 ということが明確に自覚されていたことを意味する(闇のころもと光の玉、夜しかない世界と昼がある世界)。

     ☆

「ゾンビキラー」がキーアイテムっぽく書かれていることは、ちょっとしたポイントかもしれません。
 製品版でのゾンビキラーは、テドンの武器屋に売ってるちょっと性能のいい武器にすぎません。

 でも、ここにわざわざ「この村で手に入る重要アイテム」として書かれているのですから、もうちょっと印象的な役割を果たす予定だったのかもしれない。

 例えばだけど。一例ですけど。
 テドンの幽霊たちを死後も苦しめている「悪霊の親玉」みたいなものが棲みついている。
 幽霊たちから、「あの親玉をやっつけてくれませんか」と頼まれる。
 ゾンビキラーを入手して、悪霊の親玉をやっつける。
 幽霊たちは、お礼にグリーンオーブを手渡してくれて、成仏していく……。

 という、ドラクエ5における「レヌール城のお化け退治」みたいなイベントがプランされていた可能性は、ちょっとありそうな気がする。


■続き→「堀井さん手書き文書」から推測する初期版ドラクエ3(3)


 

2017年2月12日 (日)

「堀井さん手書き文書」から推測する初期版ドラクエ3(1)

 ひさしぶりに、ドラクエのことをちょっとだけ書いておこうかなと思いました。といっても、目を見張るような奇抜なことを言うつもりはなくて、資料をみなさんと共有しようかな、といったようなこと。

 と、そのまえに、告知的なことをしておきます。

 

■ドラクエ関係のエッセイを出版してくださる方はいませんか?

『ドラクエ7の謎解き』という、ドラクエ関連のエッセイをこのブログで連載していたのですが、現在、後半の掲載を見合わせており、
「早く続きを読ませてほしい」
 という声を、各方面から継続的にいただいております。

 掲載をやめている理由をぶっちゃけますと、ここで書いてきたドラクエ関連のエッセイを、商業出版したいなと考えているからです。この続きは本で読んでくださいね、みたいなことにしようと画策していたわけですね。
 それで実際に、ツテのある出版社を何社かあたってみたのですが、さまざまな事情で折り合いがつかず、現在、このドラクエ関係の原稿は宙に浮いています。

 で、皆様にものは相談なのですが。
 わたしのドラクエ関係の原稿にご興味がある出版社の方はいらっしゃいませんでしょうか……。

 お知り合いに編集者がおられる方も、よろしければ、「こんな話があるよ」的なことを広めてくださると、うれしいです。

 とりあえず話だけでもききたいという出版関係のかたがいらっしゃいましたら、メールをください。
 KANOH.Arata●gmail.com
(●をアットマークに変更してお送りください)

 現在、文字数にして十万字ほどの草稿があり、分量的に書籍一冊は成り立つものと思います。加筆修正や追補をおこない、商品性を上げていく心づもりがあります。
 具体的には、以下の文章をもとに、大幅な書き直しをしていくことを想定しています。

「ドラクエ6」が本当に目指したもの(全7回)
ドラクエ7の謎解き(全7回予定)
ロト三部作・ローラ姫と精霊ルビスの謎(全6回)
大人になってからプレイするドラクエ4(全3回)
ドラクエ2・サマルトリアにいかづちの杖(全3回)
ドラクエ3・さばきの杖は愛しい(全2回)

 ……と、ここまでが告知で、ここからが本題です。

 

■制作資料のメモをとってきた

 昨年、東京と大阪で開催されたイベント『ドラゴンクエストミュージアム 勇者たちがめぐる新たな冒険の旅』を見てきました。
 ちょっと思うところがあって、渋谷で2回、大阪で1回見たので、つごう3回足を運んだことになります。

 はっきりいって、全部が見どころでしたが、ドラクエ研究として重要なのは、やはり、資料として展示されていた堀井雄二さん自筆の制作資料やシナリオでした。

 ドラクエ3の資料を中心に展示されていたのですが、初期のアイデアが見られて、面白かったのです。最終的に没になって、なくなったり、変更されたりしたアイデアを、いくつか見ることができました。

 私は、そうした初期案と、実際に発売されたドラクエ3とを細かく比べたいと思ったので、ノートを持って会場に行き、メモを取ってきました。
 メモを取ってもよいかと係員さんに聞いたところ、こころよくOKをいただけました。

 その成果を、ひとりじめするのもあれなので、みなさんと共有したいと思います。
 そして、共有だけではちょっと退屈ですから、「このメモから想像するに、プロット初期にはこういうことが企画されてたんじゃないか?」と私が思ったことなども書いていきます。

 

■ドラクエ3・上の世界地図初期案

 ドラクエ3をプレイした人にはおなじみの、「上の世界」というものがありますね。現実の世界にそっくりな地形をしているやつです。

『ドラゴンクエストミュージアム』に、上の世界のワールドマップの初期案らしきものが展示されていました。
 現実の世界地図にそっくりな手書きの地図の上に、城や町やダンジョンといった拠点が書き込まれており、「そこで手に入る重要アイテム」「そこで起きるイベント」が一言ふたことメモされている――というものです。

 これが、展示資料の中で、いちばん読むところが多くて面白かった。

 見たところ、これは、ほんっとうに初期に書かれたもののようです。書き損じた部分を、バツ印でぐしゃぐしゃっと適当に消したりしてあります。
 おそらく、ストーリーのプロットがだいたい仕上がって、物語としての全体像が荒削りながら見えてきたという段階で、
「じゃあ、このお話を世界地図の上に配置してみよう」
 くらいの感じで書かれたものだと、私は推測します。

 で、その内容が、実際に発売されたドラクエ3の内容と、ちょいちょい、微妙に違うのです。
 全体としての構成は、最終的なドラクエ3とほぼ一緒なんですが……ところどころ違う。
 その違いをじっくり見ていくと、「最初期のプロットでは、こんなことをやろうという腹案があったんだな」ということが読み取れそうなのです。

 その読み取りをやってみましょう。

 まず地図記号をまとめておきます。手書きのマップの端に、記号の凡例が書いてありました。こんなふうです。

回 城(K) 8
◎ 町(M) 7
○ 村(V) 10
☆ ほこら(S) 11
I 塔(T) 4
■ 洞くつ(D) 11
▲ ピラミッド(P) 1
● 穴(H) 2

 数字は、実際には「正」の字で書かれていました。つまり、実際には、
「○ 村(V)正正」
 と書かれていたわけです。
 マップ上にそのシンボルがいくつあるのかを、堀井雄二さんがここで数えたのですね。

 地図上では、たとえばアリアハンのお城は、

 回
 K1


 というふうに書かれています。

「ここに、お城のシンボルを置く。合い番は、Kの1である(ここはお城1である)」
 ということを示しているわけでしょう。

「回」は実際には、漢字ではなくて、正方形の中に小さな正方形があるという記号です。塔を示す記号も、実際には、縦長の長方形の塗りつぶしです(そういう記号がJIS標準コードにはないので、便宜的に「回」や「I」で差し替えています)。

 そして、この手書きの地図上には、地名はいっさい記されていません。つまり、「アリアハンの城」という記述にはなっておらず、ここにあるのはあくまでも「K1」。地名は別紙で定義するようになっています(その別紙も展示されていました。別のエントリで取り上げますが、これも面白かった)。

 で、この凡例の「正の字」でカウントされている拠点数と、手書き地図上に配置されている拠点数が、もう違います

 たとえば、一番わかりやすいのは、「● 穴(H) 2」です。これを見れば、ワールドマップ上に、穴が二カ所ないといけませんが、地図上には、ギアガの大穴に相当する場所に「●H1」があるだけです。
 ひょっとしたら、置くはずだった「●H2」を、途中で思い直してやめて、消しゴムで消したのかもしれません。
 この地図を初めて書いた時点では、ギアガの大穴によく似た、大穴だか中穴だか小穴が、もう一つあった。しかし、「やっぱりやめた」っていうことで、消した(という可能性が高い)。

 で、ここからが私個人の、根拠も何もないタダの推測なのだけれど、

 配置されるはずだったが削除された「●H2」は、例えば、アレフガルドから上の世界に「帰ってくる」ための穴だったかもしれない。
 実際のドラクエ3のエンディングでは、主人公たちは「魔王の爪痕」からひゅんひゅんと飛び出してきて、現実に復帰するわけですが。
 それと同じようなノリで、アレフガルドのどっかにあるクレバスに、ぴょんと勢いよく飛び込んでみたら、上の世界のどこかの穴から、ひゅんと飛び出して帰ってくることができました、めでたしめでたし……みたいなことが、ごく初期には想定されていたかもしれない……。

 ……とまあ、こんな具合に、「書かれていたこと」と「そこから私が個人的に想像をふくらませたこと」という調子で書いていきます。

     *

(20171020追記:H2について、以上のように書いたんだけど、メモをよく見たところ、ネクロゴンドの火山にH2の合番が振られているのを発見しました。恥ずかしながら、訂正します。「加納はたとえばこのように想像をめぐらす」というサンプルとして、元の記述も残しておきます)


■アリアハンは完成されていた

 この手書き地図に書かれたアリアハン大陸は、製品版のドラクエ3と、「まったく同じ」です。拠点の位置も、数も、製品版どおりです。

 湾内に浮かぶ小島には塔T1が立ち、そこには「とうぞくのカギ」というメモが記されています。
 レーベの村に相当する位置には◎M1があり(つまりレーベは村ではなく町になる予定だったのですね)、「まほうのたま」と書かれています。
 アリアハンの東側には洞くつ■D3があって、そこには「ワープ」と書かれています。

 すべて、最終的にできあがったドラクエ3どおりです。
 アリアハンの一連のイベントは、プロット初期段階ですでに完成していたということを読み取ることができます。

 

■シャンパーニの塔はなかったのか

 ロマリア近辺で大きな異同といえば、(私の記録ミスでなければですが)地図上に、シャンパーニの塔がありません
 ですから、「シャンパーニの塔でカンダタを退治し、王冠を取り戻す」というイベントは、最初期のプロットでは存在してなかったっぽいです。

 ただ、後のエントリで述べる予定ですが、バハラタ北の洞くつの位置に、「とらわれ娘」というメモはあるのです。ですから、盗賊カンダタをやっつけ、さらわれた女性を奪還する、というイメージは、この段階ですでにあったはずなのです。

 たとえば……このマップとプロットをもとに、本番のシナリオを書いていた堀井雄二さんが、
「あれ、このカンダタっていう盗賊、おもしろいぞ。改心しないカンダタを、何度も何度も追いかけるっていうストーリーにしたら、もっと面白いんじゃないか?」
 ということを思いついて、ロマリアに急遽、イベントをさしこんだ……という可能性は、ひょっとしてあるのかもしれません。

 FC版ドラクエ3では、シャンパーニのイベントは、他のイベントとまったく接続していない、「クリアしても、しなくてもいい」独立系イベントでした。もしかしたら「後から足したせいで」そうなっているのかもしれません。

 先述の通り、地図記号の凡例欄には、

I 塔(T) 4

 とあって、ワールドマップ内に塔が4本立っていることになっています。

 ところが、実際に手書き地図上をじっくり確かめてみても、塔はT1からT3までしかないのです(T1がナジミ、T2がガルナ、T3がアープです)。
 ここにシャンパーニを足せば、塔は4つになります。

 それに、もしも仮に、シャンパーニの塔が当初からプランニングされていたとしたら、シャンパーニの塔は「T2」くらいの合い番で振られていたほうが自然なはずです。
 ところが、そうなってはいません。
 シャンパーニの塔は「T4ですらない」のです(存在してないのですからね)。

 そういうことからみても、「シャンパーニのイベントは、後から思いつかれて、足された」というのは、ある程度、妥当性がありそうです。最低でも、シャンパーニの塔は、アープの塔よりも後に思いつかれたのです。

 ストーリー上ほとんど意味のないアープの塔よりも後だというのが、ちょっと凄い。

 

■ノアニールに水晶玉は眠る

 個人的にいちばん興味深かったのが、ノアニール近辺です。
 基本的なところでは、製品版のドラクエ3と、ほとんど同じなのですが……。

  Img051_3
この画像は、『ドラゴンクエストミュージアム』にて展示された制作資料を、私が手書きで部分的に再現したものです。画像で示されている内容は、株式会社スクウェア・エニックスと共同著作者の著作物です(たぶんアーマープロジェクトも権利を持っているはず)。著作権法第32条に基づき、研究を目的とする引用としてこれらを掲示します。展示会場で書き写したため、写し間違いが生じている可能性があります。これらの画像の転載・改変・再配布を禁じます。孫引きも遠慮してください。

 まず、北欧に相当しそうな半島の先っぽに「V3 エルフの村」があり、「めざめのこな」と書かれています。製品版ドラクエ3の通りです。
 V3のすぐ下あたりに、洞くつ「■D4」があり、「ゆめみるルビー」と書いてあります。これも製品版のドラクエ3と同じですね。

 ただ、ノアニールは、町Mでも村Vでもなく、ただ「・ 眠りの村」と書かれています。
 そして、ここが重要なのですが……。

「眠りの村」という名前のすぐ下に、
「すいしょうだま」
 と付記されているのです。

 どうやら、ノアニールでは、「すいしょうだま」が手に入る予定だったようなんですね。これは、製品となったドラクエ3にはないものです。

 この「すいしょうだま」の一言で、妄想がむくむくとふくれあがって、止まらなくなりましたので、ご迷惑かもしれませんが皆様におすそわけします。

 

■ノアニールは本来、脇道ではなかった

 ノアニールのイベントに関しては、

「製品版のドラクエ3では、ノアニールのイベントはクリア必須ではない(クリアしなくてもいいイベントになっている)。しかし、それは容量などの事情でそうなってしまっただけであり、当初のアイデアでは、他のイベントともつながる重要イベントになるはずだった」

 という趣旨のことを、『ドラゴンクエスト3 マスターズ・クラブ』という本の中で、堀井雄二さんがおっしゃっています。

 ああ、一応、引用で抜き出しておきましょう。

「通らなくてもクリアできちゃうイベントがあるけど、どうしてそういうふうにしたのか」というファンからの質問に対して、「全部のイベントがストーリーにからんでいたらギチギチになりすぎて遊んでいてつらいだろうから、脇道あつかいのイベントも混ぜておいた」という意味の回答をしたあと、堀井さんはふと、こんなことをおっしゃる。

ただ、ノアニールはホントなら意味があったんですけど、メモリーのつごうで、ここも脇道になってしまいました(笑)。本来なら、ここはけっこう重要だったんですよ。

『ドラゴンクエスト3 マスターズ・クラブ』(JICC出版局)P.92

 

「メモリーの都合で脇道になってしまった」とおっしゃっているのですから、「ほんとうなら、本道になるはずだった」ということになります。
 この文脈で、「本道である」とは、どういうことかといえば、それは「ストーリーにからんだイベントである」ということでしょう。

 つまり当初のアイデアでは、ノアニールは、メインストーリーに深くからんでくるイベントであった。かならず通らなければゲームをクリアできないイベントになるはずだったのです。

 ……さて、そこで「すいしょうだま」。

 現行のシナリオには存在していない「すいしょうだま」。こいつが、「メインストーリーにからむはずだった本来のシナリオ」の正体そのものにちがいありません。

 つまり、
「もし水晶玉というアイテムを導入していたら、ノアニールイベントは、メインストーリーに連結する重要イベントになっていたのだが、それがなくなったので、ノアニールも単発イベントになりました」
 そんなふうに想定できそうです。

 さて。
 一般的にいって、「水晶玉」といえば、アイテムとしての効果は何でしょう。

 それは、「ふしぎな力で、遠くのものを見る」道具ではありませんか。

 ドラクエ6では、占い師グランマーズが水晶玉をつかって、ふつうなら知ることのできないことを、いくつも知ることができました。
 エンディングでは、グランマーズの弟子となったミレーユが水晶玉を使って、常人には決して見ることのできない、とても素晴らしい、驚くべきものを見せてくれるのでした。

 ドラクエ3に登場する予定だった「すいしょうだま」も、そのような効果を持つアイテムだったんだと、仮に想定することにしましょう。
「手の届かない場所にあるものを、見ることができる宝物」。
 そういうアイテムが、「ノアニールイベント」で登場し、使用されたのだとしたら、それはどんな目的であり、それがあるストーリーはどんなものになっていただろうか。

 

■エルフの悲恋は水晶玉の中に映る(のか?)

 ここから先は、実際のドラクエ3で描かれたノアニールイベントを皆さん全員知っているものとして書きますので、よろしくお願いします。

 エルフの村の女王様は、人間嫌いです。彼女は、一人娘のアンが、ノアニール在住の人間の若者にたぶらかされた……と思い込みます。
 ある日、エルフの村から、だいじな宝物「ゆめみるルビー」がなくなりました。同時にアンの姿もみえなくなりました。
 女王様は、
「あの人間が、ゆめみるルビーをうばったのだ」
 と思い込みます。

「あのノアニールの人間が、アンをだましてたぶらかし、ゆめみるルビーを持ち出させたのだ。そして、ルビーを奪い取り、どこかへ逃げてしまったのだ」
「つまるところは結婚詐欺である」
「アンはきっと、宝物をだまし取られた申し訳なさから、村に帰ってくることができずにいるのだろう。おお、かわいそうなアン」

 そのように考えたエルフの女王様は、人間への報復として、ノアニールの町に呪いをかけます。町に住む人々全員を魔法で眠らせ、永遠に目覚めることのないようにしてしまいます。

 しかし、真相はちがっていました。アンと若者は本気で愛し合っていました。二人の仲を、女王様が絶対に認めてくれないことに絶望した二人は、洞くつの奥深くにある地底湖に身を投げ、なんと心中(しんじゅう)したのでした。ゆめみるルビーは、二人が身を投げたその場所に、そっと置いてありました。

 ここまでは、実際の製品のドラクエ3で描かれたお話と、ほぼ同じ。

 さて。
 初期アイデアでは、ここに「すいしょうだま」がからんでくるわけなのですね。

 製品版のドラクエ3では、心中の現場に書き置きが残してあって、それを読むことで真相がわかるしかけです。「お母様、私たちは来世で幸せになります」的なことが書いてありました。

 ここからは、私の個人的な想像になるのですが、

 当初の構想ではおそらく、この真相を、
「すいしょうだまに映った映像によって知る」(置き手紙によってではなく)
 という展開だったのではないか、と思うのです。

 ノアニールに、たった一人、眠らずにすんだ老人がいますよね。
「若者はゆめみるルビーを盗み出した悪党」
 という、エルフの女王様の思い込みを知ったこの老人は、

「あいつがそんなことをするわけがない! この水晶玉をつかって、本当は何が起こったかをはっきりさせよう!」

 家宝の水晶玉をとりだしてきて、彼はそんなことを言い出したんじゃないでしょうか。

 水晶玉に手をかざすと、まっくらな洞くつのなかで、思い詰めた表情を浮かべた、人間の若者とエルフの姫君が映し出されます。
 二人は、
「この世では、この恋がけっして認めてもらえないというのなら、ここで心中して、来世で幸せになりましょう」
 というようなことを話し合うと、二人でゆめみるルビーを深く覗き込み、自分自身の身体を麻痺させて動けなくし、絶対に心中に失敗しない状態をつくって、そして二人でドボンと地底湖へ飛び込みます。
(ゆめみるルビーは、覗き込んだ者を強制的にマヒ状態にする魔法のアイテムです。アンがルビーを持ち出した理由は、ストーリーを素直に読めば、確実な自殺のために必要だったからです)

 そんな衝撃映像が、「すいしょうだま」の中で再生されます。

 ドラクエ4で、イムルの村の宿屋に泊まると、なぜか不思議な夢を見てしまうというイベントがありますね。ちょうどあれみたいな感じで、場面が再現される想定だったのではないでしょうか。
(そういえばドラクエ4のイムルイベントも、エルフがらみでした。そして、FC版ドラクエ3の乏しい容量では、こういうイメージ再生系イベントは入れづらかっただろうなあ、カットするしかなかったかもしれないなあと思うわけです)

 ドラクエ3の主人公(プレイヤー)は、洞くつの奥深くに出向いていって、泉のそばに転がっているゆめみるルビーを拾ってきます。
 それをエルフの女王様のもとに届け、「これこれこういうことでした」と説明します。

 女王様が、その話を信用したかしないかはわかりません。でも、もし信用しなかったら、水晶玉を持ってこられて、彼女は「その場面」を見せつけられることになります。

 女王様は、主人公に「めざめのこな」をくれます。ノアニールの町にその粉をふりまくと、魔法はとけて、人々は目を覚まします。
 ノアニールの老人は、女王の誤解をといてくれた主人公へのお礼として、水晶玉をくれます。「あんたたちのこれからの旅に、何か役立つことがあるかもしれん」かなんか言ってくれるわけです。

 

■事件の存在を明示する

 さて、このイベントをこなすことで、主人公の手の中には、「遠くのことや、ちょっと過去のことを見ることができる魔法の水晶玉」があるわけですね。

 主人公は(プレイヤーは)、冒険のおりおりに、美しい水晶玉を取り出し、じっと中身を覗き込むことになります。
(ノアニールの老人のところに水晶玉を置いておいて、「どれどれ、おまえさんの運命をちょいと見てやろうかの」でもかまいませんけどね)

 すると、そこに映し出されるビジョンは。
 例えば。

 真夜中、どこかのお城の最上階で。
 眠っている王様の上に突然ぬうっとのしかかり、襲いかかる、巨人の魔物ボストロールの姿かもしれない。

 また例えば。溶岩のたぎる地下洞くつで。
 エキゾチックな着物を着た若い女の子が、五つ首のドラゴンに頭からかじられて、もりもりと咀嚼されるおそろしい光景かもしれない。

 そのビジョンを見た主人公は。
「大変だ」
 と思うのです。

 それがどこだかはわからないが、とにかくどこかで、恐ろしいことが起こっている
 そのことを知っているのは、ぼくだけだ。

 このことを知っているのが、世界でぼくだけなら、ぼくはそこに駆けつけて、何かをしなきゃいけないんじゃないのか?

「遠くで起こった事件を見ることができる魔法の水晶玉」
 というアイテムの存在を想定することで、ドラクエ3は、

「なんとかしてその場所を突き止め、一刻も早く駆けつける」

 という、
「心理的な“クエスト”」
 を実装することになるのです。

 この想定をとれば、
「ノアニールイベントから物語が起動しはじめて、メインストーリーが自立駆動するようになった。つまり、ノアニールはドラクエ3の物語の起点であり、とても重要イベントだ」
 ということが、いえるようになるわけです。

 

■その先にある「父探し」のドラマ

 このお話の延長上に、以下のようなストーリーが加わったとしたら、私としては、もう最高なんです。
(念を押しておきますが、このへんはもう完全に個人的なドリームです)

 ドラクエ3って、「消息をくらましてしまった父オルテガの足取りを追う」という、サブストーリーが、常に流れています。ドラクエ3の主人公は、まだ会ったことのない父に会ってみたいのです。

 そんな主人公が、ある日ふと、水晶玉をのぞき込んでみると、こんなビジョンが飛び込んでくる。

     ☆

 それは、どこか人けのない、さみしいほこらの中。

 勇者オルテガが、人待ち顔で、じっと、立っている。
 どうしたことか、心細げだ。
 かがり火の明かりの中で、オルテガは独り言をもらす。

「待ち合わせの日限はすぎたのに、サイモンが来ない。
 彼の身に、何かよくないことが起きたのだろうか。
 心配だ。
 だが、もう時間がない。サイモンを探しに行く余裕はない……。
 しかたない。
 ガイアの剣がなくとも、一人でネクロゴンドの火山に向かうしかあるまい」

 そして立ち去るオルテガ。
 無人となるほこら。

     ☆

 さて、そのビジョンをみた主人公。
 父さんの足取りがわかった! 父さんは火山に向かったんだ!

 それがわかった彼は――。
 ほこらの牢獄で手に入れたガイアの剣を抱きしめ、あふれる思いにつきうごかされて、力の限り急いで、ネクロゴンドの火口に駆けつけることになるのです。早く、一刻も早く――と。

 こういうの、ドラマチックで、
 私は、こういうのが大好物です。

 現行のドラクエ3は、(これは瑕疵でもなんでもないんだけれど)
「ルザミの老人が、《ガイアの剣を火口に投げ入れると何かが起こるぞよ。ガイアの剣は勇者サイモンが持っておるぞよ》みたいなことを言うから、まあそうしてみたら、まあ何かが起こった
 というトーンになっています。
 そういう淡々としたトーンで、ゲームを進行した人は、けっこう多いんじゃないかなと思うのです。

 でも、もし「すいしょうだま」に、このようなビジョンが映し出されるのだったとしたら。

 主人公は。
 プレイヤーは。
 明確に、感情をゆさぶられる。

 父さんが、勇者オルテガがどうなったのか、今すぐ行って確かめなきゃ! という衝動が発生する。

 感情をゆさぶられると、どうなるか。
 プレイヤーが、単なる傍観者であることをやめ、主人公の体験が「自己体験」に変質する。
 ようするに、画面の中で起こっていることが「自分のこと」になっていくのです。
(少しずつだけどね)

 ドラクエ3のストーリーを追ってみると、ホビットのほこらのホビット(昔、オルテガのおともをして旅したことがある……的なことを言うあの人)が、
「勇者オルテガは、火山に落ちて死んだらしい」
 という情報を提示してくれます。

 ですから、
「探し求めていたオルテガの足取りがわかった。オルテガは火山に落ちて死んだらしい。その火山に向かってみる」
 という“ストーリー”は、発表されたドラクエ3の中にも、明確に存在します。

 また、
「オルテガとサイモンは、合流して魔王退治に向かう予定だったが、サイモンが投獄されたので、オルテガは一人で向かうしかなかったのだろう」
 というストーリーの出どころ(初めて言い出した人)は私ではありません。
 初めて言い出したのは誰かというと、それは、なんと、堀井雄二さんです。
『ドラゴンクエスト3 マスターズ・クラブ』(JICC出版局)のP.90で、堀井雄二さんご本人が、
「勇者サイモンがどんな人物だったかに関しての、いちばん有力な説」
 として、このストーリーを披露してらっしゃるのです。
 だから、
「仲間と合流できず、ガイアの剣も手に入らず、一人で危険な場所に向かうしかなかったオルテガの悲壮」
 というイメージは、制作者の中に、明確に存在しました。

 だとしたら、この「感情のドラマ」が企図されているのは、わりあい明らかだと、私は思うのです。

 堀井雄二さんたち、ドラクエ3の制作者は、
「オルテガは火山に向かったらしい」
 という「ストーリー」が判明することによって、
「お父さんの足取りがやっとわかった! 一刻も早くそこに駆けつけたい!」
 という「感情のドラマ」が、ユーザーの内部に自動生成され「たらいいな」と思っていた。

 ユーザーの中に、そういう気持ちが自然発生してくれないかな、と願っていました(たぶん)。

 そういう「感情のドラマ」が、ユーザー内に自動生成されるためには、単に「オルテガは火山に向かった」という情報が提示されるだけではだめです。そのことは、堀井雄二さんは当然わかっていた。
 ユーザーの感情をかきたてるためには、もう一声、うまいしかけがないといけない。

 それはどんなしかけか。

 孤立無援で敵地に向かおうとする、父オルテガの悲壮な後ろ姿――。
 というシーンが、時間を超えて、なんかの方法で見られるようになっていればいい。

 なんかの方法って、なんだろう。

 うーん、そうだ。魔法の「すいしょうだま」があればいいんじゃないか?

 そこで堀井さんは、ノアニールにそれを置く。
 そしてチュートリアルをかねて、「すいしょうだまっていうのはこういう効果のアイテムで、こう使うんですよ」ということがわかるイベントを設置する。
 これはいいぞ、ゲームで父と子のドラマが描けるじゃないか。

 ところが。
 ゲームを作っているうちに、あきらかに、ROMの容量が足りないことがわかってきました。
 オープニング画面を削り、BGMを何曲か削り、アイテムを減らし、モンスターを減らし、それでもまだ容量が足りなくて町をいくつかカットするありさまでした。

 そんな状況では、「すいしょうだまを覗き込んだら再現ドラマが見られる」なんていうギミックは、とてもゲームに入れられない

 なので、堀井さんは、泣く泣く、この仕掛けをあきらめる
 ノアニールのイベントから、「すいしょうだま」を抜く。
 水晶玉がなくなったので、恋人二人の心中のくだりは、置き手紙でわかるようにする。

 そんなふうに、理想の形を実現できなくなったので、しかたなく、できる範囲のサイズでイベントを実装できるようにした。

(本当ならガイアの剣を持って火山に行きたかったが、事情があってそうはできなかったオルテガの境遇みたいですね)

 そんな感じだったんじゃないのかな、と、「すいしょうだま」のメモから、私はそんなことを想像したわけなのでした。

 

■目的意識が設定される

「すいしょうだま」と「再現ドラマ」のギミックが、(もし仮に)存在した場合、
「その事件が起こった現場をみつけだすというクエスト」
 がドラクエ3に(自然に)実装されたことになっただろう……というお話を、もうちょっとだけ続けます。

 現行の(製品として発表された)ドラクエ3は、

「わりとやみくもにいろんなところに出向いていって、何か興味深いイベントに偶然つきあたっては、それを解決していく」

 という、いわば水戸黄門ふうのトーンになっています。

 でも、水晶玉か何かで、事件の予兆を知ることができるのならば、

「どこか知らない場所で大変なことが起こっている。それを知っているのはぼくだけだ。なんとかしてその場所を見つけ出して、人々を救わなければ!」

 という感情が、自然に導かれるようになる。

 たまたま出会った事件を、漫遊記的に解決していくのではなく、
「どこかで困っている誰かのために、ぼくはそこへ向かうんだ」という話になる。

 それってどういうことかというと。
 冒険が、いきあたりばったりではなく、「目的意識的」になる、ということなのです。
 ぼくが行きたいから、そこに行く。
 あれをなしとげたいから、旅をする。

 堀井雄二さんや、ドラクエ3の制作スタッフは、ドラクエ3においては、「目的意識的な冒険ストーリー」を実現することはできませんでした。
(私が推測するに、たぶん)

 けれど、今回はさまざまな事情で断念したけれど、いつかはこういうストーリーを実現したい。

 もし可能なら、次回作で実現したい

 そう思ってたにちがいないと思うのです。

 だから次回作の「ドラクエ4」では。

「どこかで《デスピサロ》という恐ろしい男が、たいへんな悪事をはたらこうとしているらしい」
「それに気づいているのは、ひょっとして自分だけかもしれない」
「だったら、私がそれを阻止しなければいけないんじゃないのか?」

 ということが、各章で繰り返し語られ、人々が「自分の意思で」「その目的のために」旅に出て、やがて合流していく……。

 そういう物語をつむぎだしていくことになったのだと、私は思うのです。

 そうしてさらに、次々回作の「ドラクエ5」においては。

「父さんは、何をなしとげるために、旅をつづけてきたのだろう」
「父さんはなぜ、殺されなければならなかったのだ」
「ぼくが十年間も奴隷として重労働を課せられることになったのはいったいなぜだ」

「それをつきとめずに、生きていくことなどできない」

 という、これ以上強烈なものはないという「目的意識」が設定されることになります。

 その目的設定は、ひとことでいえば、
「今はもういない父の後ろ姿を追う」
 というものであったのでした。

 ドラクエ3で構想されたものの、実現できなかったことが、ドラクエ4と5で実現されている――と、私は思うのです。

(あまりにも長くなったので、ひとまずここまで)

 

■続き→「堀井さん手書き文書」から推測する初期版ドラクエ3(2)

2009年12月 6日 (日)

【ドラクエ3】さばきのつえが愛しい(その2)

 さばきのつえの話のつづき。

 

 陸路で手に入れるさばきのつえが便利なことはわかった。でも、その後はいかずちのつえが手に入るのだから、結局は無用になるのでは? という疑問。

 

 これはプレイスタイルにもよるのだけれども、案外そうでもなくてね。

 

 ドラクエ2と同じで、「いかずちのつえは誰に持たせるのか」という問題が、ドラクエ3にもある。(2のいかづちの杖はサマルトリアに持たせて下さい)
 ほとんどの人は魔法使いに持たせているはずで、それは正しい判断なのだけれども、個人的に、ちょっとお勧めしたいのは、「武闘家にいかずちのつえ」です。
 武闘家はすばやくて、敵味方あわせて、まっさきに行動できる。
 その行動速度で、まっさきにいかずちのつえを振る。
 細かい敵を、それでしょっぱなに一掃して、しとめそこねた敵を、ほかのメンバーが打撃で倒す。
 この戦闘パターンが、武闘家+いかずちで確定するので、すごく戦いやすい。

 

 いかずちのつえの強さは、単にベギラマが撃てるだけではなくて、「すべての職業が使用可能」という点にもあって、それを利用しない手はない。

 

 もちろん、武闘家に打撃をさせたいときは、きっちり打撃をさせる。敵パーティの中に、たまに1匹か2匹、まっさきに倒したいイヤーな敵が混じってることがある。そういうのを先制で倒せるのが武闘家の強みなのだから、その強みはきっちり生かす。

 

 その、いかずち武闘家が打撃をしたとき。このとき、攻撃魔法によるサポートはないことになる。杖を持ってる武闘家が打撃をしたわけですからね。
 このパターンのときに、僧侶か賢者がさばきのつえを持っていて振ると、サポートダメージのソースとして意外なたのもしさがあるのです。これは、いちどぜひやってみてほしいところ。

 

 魔法使いは、ベギラマが唱えられるのだから、ベギラマを唱えてもらう。
 さばきのつえは、僧侶か賢者にしか装備できないのだから、僧侶か賢者が装備する。
 いかずちのつえは、誰でも装備できるのが強みだから、魔法を使えない戦士系の職種に持ってもらう。
 しかし、戦士はすばやさが遅くて、まっさきに使いたいいかずちのタイミングが遅くなってしまう。そこで、武闘家の出番となる。
 これは筋がとおった理屈だと思うのです。
 パーティに武闘家を入れていかずちを持たせた武・勇・僧・魔のパーティは、全員が全体攻撃魔法を持っている計算になり、強い敵が大群で出てきたときの処理がとてもたやすい。

 

 このようなかたちで、いかずちの杖の所持場所を移動したときに、存在感が出てくるさばきのつえ。
 この存在感は、「3人パーティ」を選んだときに、さらに強くなる。

 

 この↓サイトの記事をだいぶ前に読んでから、自分はドラクエ3をやるときは、もう必ず武+勇+僧の3人パーティ。ほかのパターンは考えられなくなった。
 http://www.f7.dion.ne.jp/~moorend/dq_yama.html
(ちなみにそれ以前の定番パーティは、戦・武・勇・魔のいびつな構成が大好きでした)

 

 武+勇+僧の3人パーティで、上の世界の海を渡っているとき、いかずち武闘家とさばき僧侶のベギラマ+バギ・コンボは必須に近い。マリンスライムが1ターンで確実に処理できるかできないかが、バギの有無にかかってくる。
 3人パーティでプレイしてみて、
「ああ、さばきのつえの存在理由ってこれか」
 と、深く納得した。
 それまではやっぱり、「さばきのつえっていらないよな」という印象を持っていたのです。
 でも、違った。

 

 発売から20年近くたって、そういうことに気づいて楽しくなるのがドラクエだったりする。そういうお話。

2009年12月 5日 (土)

【ドラクエ3】さばきのつえが愛しい

 思い出したようにふと語りたくなるドラクエ話。今回は、ドラクエ3の「さばきのつえ」が大好きだという話。

 

 さばきのつえって、あんまり、買ったり使ったりした人が少ないだろうと思う。僧侶と賢者が装備できる武器で、使うとバギの効果があります。

 

 あまり使われない最大の理由は、それを手に入れるころには、「いかずちのつえ」が手に入っているから。こちらは全職種が装備できて、ベギラマの効果。敵に与えるダメージは1.5~2倍くらい? 性能的に完全に上位互換であって、これがあればさばきのつえは全然必要ない、と思われてしまう。

 

 もうひとつには、僧侶と賢者はこのころにはゾンビキラーかくさなぎのけんを装備して、物理打撃のダメージソースとして重要な役割を果たしているはず。この状況で、一世代前の軽い魔法であるバギが無限に撃てても、あまりうまみがない。

 

 が、それは、さばきのつえを、海に出てから手に入れると想定したときの話。

 

 さばきのつえは、さいはての村ムオルに売っている。この村にはふつう、船を手に入れてから海路で到着する。けれども(ムオルで村人が教えてくれるからみんな知ってると思うけれども)、この村には、陸路からも行ける。
 ダーマ神殿から、ぐるっと山地を迂回していくと、歩いてムオルにいける。スライムつむりがいて戦闘がしんどいけれども、ダーマでセーブして、ちょっとがんばれば、バハラタ・ダーマ到着直後のレベルでも、なんとか着けてしまう。無理に戦わず、「逃げる」をうまく使うのがポイントです。

 

 この、「バハラタ到着時」のタイミングで手に入るさばきのつえは、すごく強い。

 

 さばきのつえがある状態で、バハラタ東の洞窟(カンダタのアジト)に突入すると、すごく難易度を低く感じて驚くはずだ。このダンジョンは広いうえに、最奥部で2回のボス戦をしなければならない。
 つまりMPをどれだけ温存できるかがポイントになってくる。
 この条件のとき、MPを必要としない攻撃魔法としての「さばきのつえ」の存在は、ものすごく開放感がある。

 

 もうひとつ。さばきのつえがあると、ガルナの塔の攻略難易度が、そうとう下がる。ガルナの塔って、必ずクリアしなきゃいけないものではないから、ひとまずパスしておいて、船を手に入れて、いかずちのつえを入手してから挑戦する人が多いんじゃないかな。

 

 でも、さばきのつえを持っていれば、船入手前、バハラタのイベント直後くらいでも、じゅうぶん楽に進んでいけます。
 ガルナの塔は、一種類のモンスターがズラッと出てくることが多い。おおくちばし×4とか、ハンターフライとか、しびれあげはとか。
 つまり、攻撃魔法がとても効きやすい環境ということ。この環境でバギを無限に撃てるのはとても有利なのです。
 このレベルのときにガルナの塔で戦うと、かなり経験値が稼げます。このあとの展開が、そうとう楽になる。

 

 ついでにもうひとついうと、さばきのつえを売っているムオルの村。ここには、「どくがのこな」も売っている。
 どくがのこなは、モンスターを混乱させて、同士討ちさせるアイテム。
 ガルナの塔には、「大量のメタルスライムと、スカイドラゴン一匹」というパターンの敵が出てくる。
 メタルスライムは堅くてほとんど倒せないが、唯一、ドラゴンの炎に弱い。
 そこで、スカイドラゴンにどくがのこなを使い、炎を吐かせることで、メタルスライムを一網打尽にでき、メタルスライムが持っている大量の経験値を手に入れることができる。
(でもこの方法はSFC版ではできなくなってしまいました。残念だ……)

 

 つまり、ムオルというのは、
「ガルナの塔を簡単にするためのアイテムが、あつらえたように置いてある村」
 なのです。

 

 これって、
「この時点で陸路でムオルに来ることに気づいた人は、ガルナの塔が簡単になるよ」
 というフィーチャーではないかという気がする。
 ガルナの塔は「賢者になるための試練」の塔です。
 あまり人が気づかないルートに気づいて、山の奥地にまで分け入った人には、新たな道が開かれる……というわけで、それって「賢者の条件」のひとつとして、さりげなく設定されている気がするのです。

 

(続く)

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