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加納新太

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    君の名は。 Another Side:Earthbound
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    秒速5センチメートル one more side
    映画『秒速5センチメートル』のノベライズです。新海監督版の内容を逆サイドから描いた物語になっています。第1話がアカリ視点、第2話がタカキ視点です。第3話は交互に入れ替わって展開します。

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    シャイニング・ハーツ やさしいパンの薫る島
    RPG「シャイニング・ハーツ」の小説版です。原作の物語のサイドストーリー的な位置づけです。3人のヒロインは全員登場し、ゲームでは出番の少なかった海賊ミストラルも活躍します。牧歌的でやさしく、すべてが満ちたりた世界を書こうと思いました。満足しています。

  • : fortissimo//Ein wichtiges recollection

    fortissimo//Ein wichtiges recollection
    シナリオを担当しました。PCゲーム「fortissimo」のコミック版です。本編のサイドストーリーです。原作:La'cryma、漫画:こもだ。

  • : 世界めいわく劇場スペシャル

    世界めいわく劇場スペシャル
    全編ギャグのドラマCDです。シナリオを書きました。こういうのも書けます、というかこっちが得意技です。守銭奴の人魚姫、腐女子のマッチ売り少女、百合ハーレム状態の白雪姫、全ての言動が破滅的なシンデレラ、などが世界の名作童話をむちゃくちゃに解体します。役者さんにはほとんど無茶振りともいえる「一人最大9役」を演じていただいています。

  • : シャイニング・ウィンド -アナザーリンク- 鬼封じの剣士

    シャイニング・ウィンド -アナザーリンク- 鬼封じの剣士
    RPG「シャイニング・ウィンド」の小説版です。ゲーム本編のノベライズではなく、主人公たちの過去の物語を書きました。自分に伝奇小説が書けるか、ジェットコースター型の展開が書けるか、というのが、個人的なチャレンジでした。ありがたいことに、かなり好評を博しています。

  • : シャイニング・ティアーズ to ウィンド 姫君たちの冒険

    シャイニング・ティアーズ to ウィンド 姫君たちの冒険
    RPG「シャイニング・ティアーズ」「シャイニング・ウィンド」の短編集です。基本的に、原作の物語がスタートする前を舞台にしています。いわゆるプレ・ストーリーです。エルウィン、マオ、ヴォルグ、ブランネージュ、クララクランが登場します。

  • : ほしのこえ あいのことば/ほしをこえる

    ほしのこえ あいのことば/ほしをこえる
    原作/新海誠。新海監督のデビュー作を小説化したものです。少女視点の「あいのことば」、少年視点の「ほしをこえる」の二部構成となっています。表紙はブルーの箔押しで、美しいデザインです。『雲のむこう、約束の場所』と並べてみると、帯込みで対比的になるようにデザインされています。

  • : シャイニング・ティアーズ 神竜の剣

    シャイニング・ティアーズ 神竜の剣
    RPG『シャイニング・ティアーズ』の小説版、続編です。単独の本としても読めるつくりになっています。作者としては、前作よりも納得のいく出来です。勇ましい物語です。

  • : 雲のむこう、約束の場所

    雲のむこう、約束の場所
    原作/新海誠。劇場アニメーション映画『雲のむこう、約束の場所』を小説化したものです。装丁がとても美しく、それで手に取った方も多いようです。

  • : シャイニング・ティアーズ 双竜の騎士

    シャイニング・ティアーズ 双竜の騎士
    セガのRPG『シャイニング・ティアーズ』をもとにしたヒロイック・ファンタジィ小説です。ノベライズです。

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    タウンメモリー
    架空の海辺の街(モデルは藤沢あたり)に暮らす女子高生が主人公の日常小説です。題材的に、少し恥ずかしいなという気分もありますが、気に入っている作品です。

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    アクエリアンエイジ Girls a War War!
    マンガです。トレーディングカードゲーム『アクエリアンエイジ』のキャラクターが毎話ドタバタ暴れて大変なことになります。もとはゲームの遊び方をチュートリアルするマンガだったのですが、いつのまにか趣旨が変わっていました。シナリオを担当しました。絵は『少年陰陽師』のあさぎ桜さん。

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    月姫 アンソロジーノベル〈2〉
    PCゲーム『月姫』を題材にしたアンソロジー短編集、第2巻です。第二話『天へと至る梯子』を執筆しています。琥珀が主人公です。

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    月姫 アンソロジーノベル〈1〉
    PCゲーム『月姫』を題材にしたアンソロジー短編集です。遠野秋葉が主人公の第一話『かわいい女』を執筆しました。

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2012年10月

2012年10月26日 (金)

水曜どうでしょうさんの腕時計(大泉さん編)

『水曜どうでしょう』さんというHTB北海道テレビの番組が、私はたいそう好きなのですが、時計ファンでもあるものですから出演者の皆さんが腕にはめている腕時計がどんなもんなのかというのは気になっちゃうわけです。

 彼らが使っていた時計と同じ物がオークションに出てたりすると、これも一種の「どうでしょうグッズ」だと思ってうっかり買ってしまうわけですね。
 鈴井さんや大泉さんが使っていたのと同等のものが手に入るわけですから、HTBさんのショップからロゴ入りグッズを買うよりは「本物」に近いし実用性はあるしで、遊びとして面白いと思っているわけです。
 そういった顛末のレポートはこちら↓

水曜どうでしょうのミスターが着けていた腕時計
『水曜どうでしょう』のミスター鈴井さんのG-SHOCK
どうでしょうさんの腕時計とG-SHOCK遊環自作

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▲左は「東京ウォーカー」から「アラスカ」あたりまで鈴井さんが使っていたG-SHOCK。右は「サイコロ2」から「カントリーサイン1」ごろまで使われていたALBA。

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▲どうでしょうとは全然関係ないですが、ついでにこれも掲示してみる。「秒速5センチメートル」の第一話でタカキが身につけていたG-SHOCK。こういうものもちゃんと持っているわけです。

 鈴井さんの時計はメジャーどころが多くて、判別しやすいし、手に入れやすい。ロレックスなんかは同型のものを入手するのは、値段を除けばえらい簡単です(欲しいなあ)。

 それに比べて、大泉さんの時計は、そもそも素性や型番がわかりづらい。わかっても、希少であったりして手に入れにくいのです。
 手に入れにくいのですが、それでもいくつか入手しましたので、この場を借りて自慢したいと思います。

     *

 まずはこちら。

K3200012

 アルバ・スプーンという昔のデジタル時計が欲しくてネットオークションで探していたところ、不思議な四角い腕時計が検索に混ざり込んできました。
 それがこれです。
 アルバ・スプーンWEBというデジタル腕時計。

 どっかで見覚えがあるような、ないような……。
 と首をかしげていたら、ぴんと来ました。水曜どうでしょうの「アメリカ横断」を見ているとき、
「大泉さん、まーた変わった時計をしてテレビに出てるなぁ……」
 と思ったその時計が、これでした。

 大泉さんは、「アメリカ横断」「原付東日本」「南米コスタリカ」で、これを身につけています。

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Spoonweb10

 6時位置のツマミと、4つ並んだ黒ボタンが特徴的です。
 ストップウォッチやタイマーのような、一般的なデジタル時計の機能のほか、メールアドレスやURLを書き込んでおいて、任意に表示させることができる機能がついています。
 だから、名前が「WEB」なのですね。
 発売されたのは98年。まだインターネットが「とても新しいもの」であって、企業の「ホームページ」を見るくらいの用途しかイメージされてなかった時代です。
 メールアドレスやURLを書き込んでおけるというのは、たったそれだけの機能なのだけれど、それだけ充分「サイバー」で格好良かった……98年というのはそういう時代感覚だったわけです。

 ちなみに、i-modeサービスが始まって、携帯電話でEMAILがサポートされるようになるのが99年。
 その前年の98年というのは、メールアドレスを持つということが、今ほどあたりまえではなかった時代です。たとえば私などはこのころ、「加納さんはメールアドレスを持っているから、仕事を振りやすい」なんて言われていました。

 この機能が、実用的であったかどうかを問うなら、……かなり微妙でしょうね。出先のPC端末で、特定のWEBページを参照したいとか、そんなときにぎりぎり役に立った可能性があるくらい。
 もしくは、まだ携帯電話を持っていなければ、身につける電話帳としては使えたかもしれません。この時代、まだポケベルに存在感がありますから、携帯を持っておらず、ポケベルで連絡を取ることが多ければ、なんとか実用的といえたかもしれません。
(あれ、でもポケベルの端末って電話帳機能があったような気もしますね)

 大泉洋さんがこの時計を身につけだすのは「アメリカ横断」のとき。「アメリカ横断」は99年のロケですので、完全に同時代的に購入して身につけていたわけですね。

 実物を手に取ると、これは、かなりでかいのです。
 よく考えれば、180センチくらいある大泉さんが腕に巻いて、それでも大ぶりに見えるわけだから、相当でかいわけです。
 何というか、ポーズを取ったら変身できそうな時計です。

 液晶画面は暗くて、ELバックライトを点灯させないと、時刻表示を読み取ることはほぼ不可能。
 カブで東日本を縦断した「原付東日本」の企画のときには、大泉さんは自分で時刻を知ることがほぼ不可能だったことでしょう。
 そんな些細なリアリティがつかめたりしました。

     *

 もうひとつはこちら。

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 これはジャン・ポール・ゴルチエのブレスレットタイプの時計です。フタをパカッと開けると文字盤が出てくるしくみになっています。大泉さんは「対決列島」のときにこの時計をしています。第十夜に、フタを開けて時間を確認しているシーンがあります。

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▲私が持っているのは茶色いベルトですが、大泉さんのは黒ベルト。さすがに、完全に同じ物は入手できませんでした。

 聞くところによるとゴルチエさんはゲイだそうで、そして「ゲイの恋人にこういうものを身につけさせたい」というところでファッションデザインをしているそうです。
 だからなのか何なのか定かではありませんが、この時計は明らかに「犬の首輪」の形をしていますね。
「このブレスレットをしている者は、私の犬だ」
 という、えらい直接的なメッセージを発しています。

 大泉洋さんという人は、「ヨーロッパ21カ国完全制覇」という企画で、

「待ってて下さいミスター、あなたの犬はぁー、ただいま6号線に乗りましたぁー」

 という素晴らしい名言を発した人ですから、なんというか、めちゃめちゃふさわしいわけです。

     *

 さて、ここから先は、私が個人的にとても「正体を知りたい」と思っている時計。指名手配だと思っていただけると良いでしょう。
 もしご覧になって、心当たりがあれば、教えていただけると、とても喜びます。

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▲「原付ベトナム」のときの大泉さんの時計。青文字盤、白いサブダイヤル3つのクロノグラフです。ブレスに特徴があります。このころ大泉さんはもうビッグタレントですから、おそらくブランドものではないかと想像します。ブライトリングあたりじゃないかと思ったのですが、特定できていません。

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▲「原付ベトナム」のときの鈴井さんのG-SHOCK。「深夜バスだけの旅」もこれだと思います。「G-LIDE」シリーズのどれかなのですが、いまひとつ特定しきれていません。

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▲「ユーコン」のときの鈴井さんのデジタル時計。G-SHOCK三眼のようにも見えます。だとしたら鈴井さんのG-SHOCKは3本目ですね。

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▲大泉さん。「東京ウォーカー」「アラスカ」の目玉型時計。ディーゼルとかそのあたりの製品かもしれません。名もないファッションウォッチかも。

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▲大泉さんの腕時計といえばこれ、という代表的な時計。どうでしょう全期にわたって登場するグリーンの腕時計。これの正体がまったく不明なのです。オリエントあたりじゃないかと推測したのですが、該当する時計は見あたりません。ブレスが独特で、弓環がないのが特徴です。ラグは足形で突き出ています。

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▲中期以降に登場するブルーの文字盤の腕時計。これも弓環タイプではなさそう。

2012年10月 5日 (金)

「ドラクエ6」が本当に目指したもの(補遺)ドラゴンたちの「悟り」

『「ドラクエ6」が本当に目指したもの』シリーズ全6回の補遺です。
(ちょっとばかし言い残した感じがすることを、さりげなく付け足しとこうかな、というくらいのエントリです。つまり蛇足ですので、お気軽にどうぞ)

 初めてお越しの方は、第一回から順番にご覧下さい(順番に読まないとわからないと思います)。

 ※注:このシリーズは、「ドラクエ6」を、私がどういうふうに「読んで」いるのか、物語のスキマをどういう形で埋めて空想しているのか、ということを、自分勝手に語るエントリです。
 こうにちがいない! ということではなく、こういうふうに捉えれば、読み手の私は心豊かなキモチになれますという、そういうニュアンスです。
 普通の人にはついていけないトコロまで走っちゃう可能性があります。小説版、外伝等は参照しません。

 順番にお読み下さい。
「ドラクエ6」が本当に目指したもの(1)バーバラと竜
「ドラクエ6」が本当に目指したもの(2)夢を叶えたホイミスライム
「ドラクエ6」が本当に目指したもの(3)ゲント族の正体
「ドラクエ6」が本当に目指したもの(4)マスタードラゴンの両親
「ドラクエ6」が本当に目指したもの(5)バーバレラという《ドラゴン》
「ドラクエ6」が本当に目指したもの(6)「語らない」という大きな物語

     ☆

●おかげさまで大量のアクセスを戴いております

 新海誠監督、木村航先生にリツイートしていただけたのをきっかけに、この一連のエントリを、大勢の方が読んでくださいました。
 公式リツイートだけでも100を突破して、まだまだ増えておりますし、非公式リツイートはその倍ほどあるようです。
 ぼちぼち、ドラクエクラスタ方面にも知られはじめているようで、まだ増える勢いのようです。

「妄想乙」的な反応を、ある程度覚悟していたのですが、どういうわけか、そういった反応はまったくといっていいほど見られず、お褒めの言葉ばかりいただいております。
 皆様にお礼を申上げます。

「ドラクエ6が一番好き」という人が、思いのほか、世の中に多いらしいということが発見できたのも、嬉しいことでした。


●このエントリを書いているのは誰なのか

 スマートフォンで自分のブログにアクセスしてみて気づいたのですが、スマホでこのブログを読むと、「スマートフォン専用画面」というデザインで表示されてしまうのですね。
 それはいいんですが、このスマホ専用画面には、PC版画面の左右カラムがないので、つまり「私が何者か」ということが読者にほとんどわからずに、コンテンツだけが読まれている状況みたいです。

 いちおう、このブログは、「記事を読んで感心してくれた人が、ついでに本を買ってくれないかな」というさもしい魂胆も込みでやっておりますので、視聴率が上がったついでに、ちょっとばかし自己主張しておこうかな、という気分になりました。というわけで……。

 このブログは「加納新太」(カノウ・アラタ)という人物が執筆しております。

 どういう人かといいますと、小説を出版したり、シナリオを書いている人で、たまに雑誌記事を書いたりもしています。
 スマホや携帯で閲覧している方は、ちょっと表示をPC版に変更していただくと、左カラムに出版書籍の一覧が出ますので、ご興味があったらご覧ください。ついでにご購入くだざってもちっともかまいませんよ。

●追記したこと その1・インタビューの出どころ

 
第2回で引用した、堀井雄二さんのインタビュー記事。

 このエントリの初出では、「出どころがわかんないんで、捜しておきます」ということにしておいたのですが、その後、調べて、本文にあたってきました。

 このインタビュー記事は、『ゲーム批評 Vol.8』(1996年春号)に掲載されたものでした。ページ数は、P.54からP.61です。
 いろいろと読みどころのある、興味深いインタビューです。
 Amazonマーケットプレイス的なところから手に入れることもできますし、国立国会図書館のウェブサイトから、号数とページ数を添えて申し込めば、コピーを取り寄せることもできます(コピー代と送料はかかります)。
 もし興味があったら、いちど読んでみて下さい。堀井さんさりげなくいろんなことをぶっちゃけていますね。

●インタビューで超おどろいたこと

 そのインタビューの中で、一番驚いたことは、
「ドラクエ6のころになっても、堀井さんはまだ、シナリオ全部手書き」
 という、おそるべき事実でありました。

 シナリオだけじゃなくて、マップや、武器防具アイテムリストなんかも、全部手書き。写真が掲載されていたのですが、どうみても厚み10センチ以上ありそうなファイルが18冊積みあげてありました。

 これはひょっとして、重大なポイントかもしれないとか思いました。
 ドラクエの魅力のひとつに、「堀井ゼリフの味わい」というものがあると思います。読みやすく、ふわっと優しくて、すとんと理解できる。

 それはひょっとして、「手で書いているから」かもしれない。
 手で書くのがしんどいような熟語表現は、読んでもやっぱりしんどいだろう。だからそういう表現は書かない。というか書きたくない。手で書いてラクな言葉だけを使う……。

 そういうふうに「手がコトバを選んだ」結果、あの「ドラクエ節」が生まれている……という分析は、ひとつの要素として、できるかもしれない。

●追記したこと その2・ロブとディーネ

「ドラクエ6には異類婚のモチーフがてんこ盛りだ」というお話を、第4回でしましたが、ものすごい重要なエピソードをひとつ紹介し忘れていました。(本文に追記しておきました)

 それは、荒くれ漁師のロブと、人魚のディーネが、出会って、恋をして、別れて、それでも惹かれあって結ばれるという、ロマンチックなイベントです。
 人間と人魚との恋ですから、ばっちし完璧に「異類婚姻譚」の条件に合致します。

●異類婚イベントのつながりかた

 これをふまえると、異類婚系のイベントは、主人公&バーバラ視点で並べてみると、ある意味が生じてきます。

 まずは、フォーン王と鏡の美女との結婚。愛し合う者どうしが結ばれて、よかったね、よかったね! という雰囲気になります。

 続いては、漁師ロブと人魚ディーナのエピソード。ロブは人魚を、故郷に逃がしてあげる。そして彼は、自力で彼女に会いに行きます。(ロブは海で大ケガをして、体が不自由な男なのです)
 ラブパワー最強! やっぱり愛はどんな障害も乗りこえるチカラよね! ……という感じがしたところで、しかしディーネの姉のディーナは、ぼそっとこんな不吉なことを言う。

「人魚と人間が一緒に暮らせるわけなんてないわ」

 そんなことがあった上で、例のマウントスノーのイベントが現れるのです。
 50年も昔、若者ゴランと雪女ユリナが出会った。でも、ゴランはユリナとの約束を破ったので、氷の呪いをかけられた。ゴランの村は氷漬けにされ、ゴランだけがひとりぼっちで生き延びて、50年が経ち、老人になってしまった。

「人間と、人間でないものが出会ったところで、ロクなことはない、いい結果にはならない」

 そういう意味を持ったイベントが、どーんとのしかかってくる。

 種族を超えた結びつきって素晴らしいよね、というエピソードを積み重ねたところに、ぽろっと、こういう反証的なイベントを持ってくるところが、ドラクエ6のスゴみです。

 これら一連のエピソードを目の当たりにした主人公とバーバラは、

「人間である自分と、ドラゴンであるバーバラが結ばれるというのは、どういうことなんだろう」
「ドラゴンである私と、人間である彼が、もし結ばれたとしたら、どんな結末が待っているのだろう」

 そういうことを強烈に意識せざるを得なくなる。

 そのために、こういうエピソードが、こういう並びで存在している(と思う)のです。

●テリーとドランゴ

 バーバラの正体をドラゴンだとして、「主人公とバーバラが結ばれる」というシナリオを想定するとき、テリーとドランゴの関係は、主人公&バーバラの関係性の、一種のリフレインといえます。

 さすらいの剣士テリーというキャラクターは、風の噂によれば、どうやら「最初は主人公キャラとして設定された」らしいのです。
 が、「どうもデザインが主人公っぽくないなあ」みたいな判断がなされて、
「じゃあ、ライバルキャラにしてみよう」
 そんな経緯があって成立したキャラが、テリーだそうです。

 いってみれば、テリーは、「主人公要素を持ち」「主人公と似たような旅の目的を持ち」「主人公と対置される存在として設定された」キャラクターなのですね。
 もっとはっきり言ったら、
「ドラクエ6の主人公が、もし仲間というものを持たずに、人を信じずに一人旅を繰りひろげた姿」
 というものがあったとしたら、それがまるっきりテリーだろう、と言えそうです。そういったことをいろいろふまえると、テリーは、「ありえたかもしれないもう一つの主人公の姿」なのです。

 さて、ところで、ドラクエ6には、ドランゴというドラゴンがいます。
 ドランゴは雌なのです。
 彼女、洞窟の中に「いっぱいタマゴを生んでいる」という登場のしかたをします。

 このドランゴが、テリーをえらい気に入って、
「あの青いニンゲンについていきたい」
 みたいなことを言って、主人公たちの仲間になります。

 つまり、
「女のドラゴン」であるドランゴは、「もう一人の主人公」であるテリーに心惹かれて冒険の旅に同行する。
 その形は、
「ドラゴンの少女」であるバーバラと、主人公が惹かれあいながら旅をする、
 という物語の基調と、完全に響きあいます。
 テリーとドランゴのエピソードは、ドラクエ6の基調をなす「異類どうしのつながり」のひとつとして位置づけることができます。

(ついでに、「ドラゴンはタマゴを生むのだ」ということを印象づける作用があって、例の「ゼニス城の卵」に対して何かを暗示させる効果になっているかもしれません)

●モンスターになっちゃう人間

 人間になりたいホイミン、人間になることに成功したゲント、同じく人間になったバーバレラ……といったエピソードから、
「人間になりたいモンスターたち」
 というベースラインが天空シリーズにはある、というお話をしてきました。

 じゃあ逆に、人間がモンスターになるという逆の展開はないのか?

 というふうに考えてみたら、これはまた、ぴったりなイベントがありましたね。

 ドラクエ6には、モンストルという町があって、英雄アモスが暮らしています。
 アモスは魔物から町を救った英雄なのですが、魔物に噛まれてしまった後遺症で、夜になったらモンスターに変身してしまうという特異体質を得てしまいました。

 モンスターが人間になりたがるその一方で、人間も、モンスターになることがある。

 ですから、天空シリーズにおいて、人間とモンスターは、くっきり線が引けてあっちとこっちに分けられるものではないんですね。
 行き来可能、交換可能なものなんだ。
 モンスターは時に人間になるし、人間は時にモンスター化するんだ。
 そういう基調があることを、感じとることができます。

 私の心に、本当にぐっとくるのは、モンストルの町の人々が、怪物化したアモスを必死でかばって、
「あいつはいいやつなんだ、町を守ってくれた立派な男なんだ、怪物になっちゃっても、それでもいいやつなんだ」
 と訴えて、町ぐるみみんなで彼をかばっていたことです。

 アモスが怪物か、怪物でないかは、彼らにとっては本質ではない。アモスが優しい、良い心を持った立派なやつであること、それが彼らにとっては大事なことでした。
 優しい心を持っていたホイミンが、その優しい心によって我々の心に残っている、そのこととまったく同じです。

 一方で、ドラクエ6には、モンスターじみたマインドを持ったガンディーノ前国王みたいな「人間」もいるわけです。

 だから、本当に、
「人間かモンスターかは問題じゃない」
 そうではなくて、
「立派な心や、優しい気持ちのあるかないかが問題なんだ」
 そういう結論を、ドラクエ6からは、導きだすことができます。

●主人公とバーバラにとっての「答え」

 そしてその結論は、そのまま、主人公とバーバラにとっての答えなのです。

「人間である自分と、ドラゴンであるバーバラが結ばれるというのは、どういうことなんだろう」
「ドラゴンである私と、人間である彼が、もし結ばれたとしたら、どんな結末が待っているのだろう」

 その答えは、「種族の問題ではない」

 バーバラがドラゴンであるかないか、主人公が人間であるかないか、種族が同じか別なのかは、問題ではない。彼と彼女の「心のありかた」がどうなのか。それが2人の将来や、運命を決めるのであって、ただひたすらに心が問われているのだ。

 というところまで……まぁ、読もうと思えば、読むことができます。

●マスタードラゴンのその後

 全6回で公開したエントリの反応をちょいと見てたんですが、
「マスタードラゴンが人間とドラゴンの間に生まれたのだとしたら、ドラクエ4で天空人と木こりとの仲を裂くのはおかしい」
 という意見がありましたので、そのことにはちょっとだけ補足しとこうかなって思います。

 ドラクエ天空シリーズは、「マスタードラゴンが悟りを開いていく物語」という側面があると思うのです。

 ドラクエ6から4までの間に、どのくらいの時間的スパンがあるか、ハッキリとはわかりませんけど、たぶん千年なんて経ってないんじゃないかな。
 人間でも、人間でないものでもかまいませんけど、たとえ我々が数百年生きたからといって、そうそう立派な、神様のような人格になんてなれやしませんよ。

 ですから、つまり、マスタードラゴンというのは、ひどく「若い神」だと思うのです。
 ミもフタもない言い方をすると、マスタードラゴンさんはまだお若いから、心が狭くて独善的なのです。

 心が狭くて独善的だもんだから、天空人の女の子がたくましい木こりの青年を好きになっちゃって、カケオチみたいに出てっちゃうと、
「私に断りもせずに勝手なことをしおって!」
 かなんか、昔気質の家長みたいなことを言って、娘を力ずくで連れ戻して、相手の男にはカミナリを落とす。このカミナリを落とすというのはたとえ話ではなくて、本物の雷を落っことして感電死さしちゃう。もう、ほんとに優しくない。ひーどい。

 この、若くて心が狭くて独善的なマスタードラゴンさんは、ドラクエ4の主人公が大冒険をして悪の首領をやっつけて、世界に平和を取りもどしたとき、「よしよし、おまえに最高のごほうびをあげよう」みたいなことを言い出します。

 そのごほうびとは、「天空城に住んでもよろしい」という許可のことでした。
 天空城はマスタードラゴンのお城です。

 マスタードラゴンさんは若さのせいで心が狭くて独善的なもんですから、
「我が輩が世界で一番偉い」
 と思っており、
「世界で一番偉い私のそばにいられるという、これほどのご褒美はないだろう?」
 という気持ちでもって、そういう提案をしたわけです。

 が、ドラクエ4の主人公は、
「そういうご褒美は、べつにいらない」
「地上にいたいから、天空城に住む権利はいらない」

 といって、さらっと断って、あっさり地上に帰っていくのです。

(このあたり、ドラクエ1の竜王の「せかいの はんぶんを おまえにやろう」のくだりと極めて類似、ほとんど同質のものであることは、少し注目してよいと思います。閑話休題)

 世界最高の権威である自分が、世界最高の地位を与えようというのに、この目の前の青年はそれを「どうでもいいもの」だと見なすのです。
 マスタードラゴンは、天空城には世界中の最も善きものだけが集まり、もうぶっちゃけ、この世で一番素晴らしい場所でしょう! と思っていたフシがあります。
 そういう場所にあえて背を向けるとは、何たることだ、わかっとらん! みたいなことを考えた結果、かつて地上で恋をした天空人の美女をビシビシと罰したりしたわけでした。

 ところが、世界を救うという偉業をなしとげた立派な青年が、
「天空城に住むということに、価値を見いだせない」
 と、かつての天空人と同じことを言うわけだから、これはビックリします。

「私が世界で一番偉いし、私の城は世界で一番尊い場所!」
 というあつかましいことを思っていたマスタードラゴンは、アイデンティティ・クライシスを起こすわけです。

 えっ、天空城に住むことは、最高のごほうびじゃないの?
 私のそばにいられるのに、それは嬉しくないの?
 うそぉ!?
 じゃあ、誰のそばにいることが、一番嬉しいの?

 ということで慌てた結果、
「えーと、えーと、じゃあ幼なじみのシンシアを生き返らせてあげよう! それでどう!? このごほうびなら嬉しい?」
 ということで、ドラクエ4のエンディングにおいて、シンシアが蘇るという奇跡が起こった。そういうふうに私は考えているわけです。
(ドラクエ4は、幼なじみのシンシアが、主人公をかばって殺されるという衝撃的なイベントがあります)

「尊い天空城に背を向けた罰として、マスタードラゴンは恋する2人を引き裂く
 というところから始まった物語は、
「尊い天空城に背を向けた男への(代わりの)ご褒美として、マスタードラゴンは恋する2人を再会させてあげる
 というところに着地する。

 始まりと終わりがひっくり返ってつながっているのです。

●マスタードラゴンの「悟り」

「尊い天空城に背を向ける」というアクションに対して、物語の前と後で、マスタードラゴンは全く正反対の扱いをしているわけですから、
「マスタードラゴンには大きな心境の変化があった」
 ことになります。

 というか、この「心境の変化」を表現するために、これらのエピソードが設定されている、というのが私の見かたです。

 マスタードラゴンは、地獄の帝王エスタークを倒した英雄神です。
 ドラクエ4の主人公は、復活したエスタークを再び倒し、さらにエスタークの後継者ピサロを倒すという偉業をなしとげました。ドラクエ4の主人公は、マスタードラゴンと同等の偉業をなしとげた英雄です。

 その英雄が、

 マスタードラゴンのいる天空城より、仲間のいる地上のほうに価値がある。
 マスタードラゴンのいる天空城より、思い出の詰まった無人の廃村のほうに価値がある。

 そんなことを言い出すものだから。
「私が世界で一番尊い。私の場所が世界でいちばん高貴」
 と思っていた若いマスタードラゴンは、内心で衝撃を受けただろうと思うわけです。

「私が一番尊いと思っていたが、どうも、そうでもないらしい……」
「人間の世界には、私や天界などよりも、ずっと尊いと感じられるものがあるらしい」
「それを知りたい」

 ですから、マスタードラゴンは、ドラクエ5では、「人間の世界で」「人間に化けた姿で」登場するわけです。
 今まで自分が理解しなかった、「もっと別の尊さ」というものを知りたい。それは人間たちの中にあるらしい。
 天空城で威張っていては決して知り得ないもの。
 それを知ろう、という「成長への欲求」が芽生えました。だから地上に住み、地上を探索するということをし始めた。
 地上に興味津々なあまり、天空城から落っこちた天空人ルーシアにも寛容になる(かつての若い彼なら大激怒しそうだ)。
 若い神は、成熟した神になろうとしはじめた……

 そして。
 天空城よりも、マスタードラゴンよりも、はるかに尊く高いもの。
 そういうものがあることをはっきりと理解したとき、「自分は最も高みにある存在だ」と自己認識していたマスタードラゴンはついに、
「人間を背中に乗せて飛ぶ。自ら進んで人間に呼びつけられ、人間の乗り物になる」
 ということを行なうようになった。
(ドラクエ5は、マスタードラゴンを呼んで空を飛ぶことができます)

 生まれが高貴かそうでないかということは、全く問題ではない。
「絆」と「心根」である。
 コトバにしてしまうと陳腐なんですが、そういうことだと思うのです。天空の神よりも高貴なもの、それは絆と心根だ。それをはっきり悟ったとき、マスタードラゴンは、人間に踏まれて乗り物になるということを、まったく恥とは思わなかった

 若くて独善的な神は、ここにきて初めて、寛容で成熟した神になったのだ、というのが、私の見ているドラクエの物語です。

 マスタードラゴンは偉大だから最初から成熟しているはずだろう、というのではなくて、若い未成熟だった神が成長していく「マスタードラゴンの物語」というバックグラウンドストーリーがあるだろう、というのが、私の見かたなんです。

 なんですが、これもまあ、ただの想像といえば、想像ですけどね。

 ちょっと仏教説話みたいな雰囲気があるので、個人的にはこれを「マスタードラゴンの悟り」と呼びたい気持ちでいます。

 そして。
「生まれが高貴か否かではない、要は心だ」という悟りは、ドラクエ6の「人間かモンスターかが問題なのではない。要は心だ」という結論と、ぴったり重なっています。

(了)

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