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2008年11月29日 (土)

かりん酒を漬ける

 何年か前、気管支ををやられて、咳がとまらず苦しんでいたときに、母方の祖母が喉にきくといって、自家製のかりん酒をわけてくれたことがあった。それが、確かに効いた。貴重な薬として、今でも大事に飲んでおります。

 かりんは、晩秋のころにとれる果物で、香りや風味はリンゴに似ているのだが、固くてすっぱいのでそのままでは食べられない。ジャムの材料などに使う。生食できないことがわざわいして、一般にはほとんど流通しない。うちのばーちゃんはどこか知り合いの農家から直接分けてもらっているようなことを言っていた。

 さて、例によってスーパーで買い出しをしていたところ、まさにその、かりんが売られているではないか。
 どうやら果実酒ブーム(というものがあるようだ)の影響で、一般のマーケットでも売られるようになってきているようだ。

 そうとわかれば、人に作ってもらうばかりでは芸がない。ひとつ自分でこしらえてみよう。

 まず、ホワイトリカー一升にたいして、果物を1キロ用意する。これは最も基本的な果実酒の配分で、今回はそれを踏襲する。
 かりん1個が98円。それを3個買ってきた。はかりに乗せてみると、1個が400グラム。ちょうどいいあんばいである。果実が1.2キロになってしまうので、余分な200グラムを別用途に使うのも結構だが、今回はかまうことはない、全部酒に漬けてしまおう。
 色が黄色く、触ってみて、油分がしみだしてべたついているものをあえて選ぶ。かりんは油脂分が多くて、熟したものは表面が油っぽいものだそうです。このへんはネットで検索して知りました。

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 それをたわしとお湯でごしごしと洗い、べたつきと表面の汚れをとる。
 まだ青いものを買ってきた場合は、ここで二三日放置して追熟させる。

 さて、それを適当な大きさに切るわけだが、虫食いの場合があるので、そのときには、虫食い穴と、種をていねいに取り除く。
 このテの果実は、タネからエキスが出るので、タネごとアルコールに漬けるのがならわしだが、虫食いの虫もそれをわかっているのか、果肉を食わずにタネをかじる習性があるようだ。今回、買ってきたなかに、ひとつ虫食いがあったので、タネをまるごと捨てることになったのは、まことに惜しかった。

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 それを瓶につめ、氷砂糖とホワイトリカーを流し込むわけだが、さて、砂糖の量をどのくらいにしよう。
 砂糖の量が、果実酒づくりのすべてだと言ってもいいかもしれない。
 果実1キロに対して、いくら入れるか。よく、氷砂糖のパッケージに、梅1キロ、氷砂糖1キロなどとレシピが書いてあるが、あれは信じてはいけない。200から、多くても500グラムというところがせいぜいでしょう。
 ものの本によると、酸味と甘味はつねにバランスをとらねばならない。酸味を増やしたら甘味も増やす。甘味を減らしたら酸味も減らす。
 かりんは、梅にくらべたらずいぶん甘い果物なので、そう、300グラムくらいで十分じゃないだろうかと見当をつけた。

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 さあ、あとはリカーをどぼどぼと注ぎ入れて、厳重にフタをし、流しの下にでも入れて忘れてしまうだけである。
 半年くらいでおいしく飲めるのではないかと推定するが、少しずつなめて味見をして楽しみながら、最低一年はおいておくのがうちでのならわしだ。ならわしというより、置けば置くほどうまくなると思えば、未来の味がもったいなくてなかなか飲めないということなんだけれども。

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2008年11月25日 (火)

(檀流)大正コロッケを作る

 辛子レンコンを作ってみたところ、材料のオカラが余ってしまった。
 炒め煮にして、卯の花にすれば、そこそこ日持ちもして、酒のあてにもなって、大変結構だが、せっかく揚げ物をしたのだから、ついでに大正コロッケを作ってみよう。
(しかし檀先生の文体は妙にうつるというか、マネしたくなりますね)

 大正コロッケとは何か。それはオカラと魚のすり身のフライである。
 オカラと魚のすり身のフライ、といってしまうと、フーンという感じだが、そこに「大正コロッケ」なる名前をさずけたところが千両ではないか。とたんに、かぐわしい郷愁の雰囲気がたちこめてくるのである。

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 今から五十年ばかりむかし、大正コロッケというすこぶる珍妙な食べ物があった。手押しの屋台車で、町から町を流し売って歩いていたものだが、左様、一個一銭か一銭五厘ぐらいのものだったろう。三銭か五銭払うと、小さく切った古新聞紙の上に、その大正コロッケを二つ三つならべ、角切りのキャベツを添え、カラシとソースを、思い切りよくぶっかけてくれたものだ。

(檀流クッキング)
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 檀流クッキングは1970年の文章だから、1920年のころの話ということになる。1920年は大正9年。今、調べてみたところ、「今日もコロッケ、明日もコロッケ、これじゃ年がら年中コロッケ」の「コロッケの唄」の流行がちょうど大正9年という。ひょっとしてここでのコロッケは、大正コロッケも入っていたのかもしれない。

 使う魚のすり身は、何でもよいという。そこで、真夜中だったが、特に安そうな魚を探してふらりと買い出しに行った。開いててよかった西友。深夜一時までやっている。サンマの生開きが三尾で298円。そこに3割引のシールが貼ってある。買って帰って皮だけむいて、細かく切ってすり鉢でする。
 そこにオカラをまぜあわせ、適当な薬味と、つなぎの玉子と粉をよくあわせ、小判状にして熱した油のなかに投入する。

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 本体に味がついていないので、好みの味付けをして食べる。塩をふって食べたところあまりピンとこなかったが、手持ちのオタフクソースをかけてみたらすこぶるうまかった。テリヤキふうの、あまからいソースが合うようだ。なつかしい駄菓子屋の味である。

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2008年11月23日 (日)

(檀流)辛子レンコンを作る

 いつものようにスーパーで買い物をしていたところ、立派なレンコンが出回っており、ひとつこれを買い求めて辛子レンコンにしてやったら愉快だろう、と思いついた。

 辛子レンコン、といえば、檀流クッキング・レパートリーのひとつである。檀流クッキングが何かご存じないかたはこちら(http://kanoh.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-3570.html)をごらんください。神がかった名文により書かれた料理エッセイであります。
 辛子レンコンを作ったことは、ぼくはない。が、うろ覚えで材料を覚えていたので、それに基づいて、ヱスビーの粉辛子とオカラを買い足して帰り、すぐに作ってみることにした。

 が、料理法を本で調べ直してみて、アッ、しまった、と急に冷や汗が出た。

 辛子レンコンは揚げ料理であったか。

 何を隠そう、ぼくは揚げ物ができない人なのです。一人暮らしをして十年以上になるが、フライ物を作ったのは片手の指で足るくらいしかない。やり方がまったくわからない。オイルポットなんて当然持っていませんよ。

 しかし、材料を買ってしまった以上、後には引けない。ならばどうするか。カンでやるしかない。

 揚げる以外の工程には、問題はない。レンコンを下ゆでしておき、その間に、味噌に粉辛子を混ぜ合わせる。本来は白味噌を使うんだろうけど、うちにある合わせ味噌で間に合わせる。煎ったオカラをそこにさらに混ぜるところが檀流。さまして乾かしたレンコンの断面を味噌に押しつけることにより、穴の中に辛子味噌を充填する。

 さあ、そこからだ。
 えーっと。
 とりあえず、コロモをつけたらいいんだっけ?

 ちょっと調べたら、コロモのつけかたなり揚げ方なりいくらでもわかりそうなものだが、面倒くさかったので本当にカンでやることにした。
 とりあえず手近にあったお好み焼き粉を水で溶いてドボンとレンコンを浸けてみた。

 そしてフライパンにサラダ油をどぼどぼ注ぐ。
 そして全力加熱。
 熱そうになってきたところで、ためしにコロモを一滴、油に落としてみる。
 うむ。
 落としたコロモがどうなったらいいのかよくわからないのだが、とりあえずうなずいてみた。
 そしてどぼっと油に放り込む。
 どのくらいで火が通ったことになるのかもわからない。
 いい感じに通ったかな、と思ったころ、エイと取り出してみる。

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 なんかあれですね。コロモはもっとちゃんとまじめに作るか、そうでなければ素揚げでもよさげですね。

 冷やして、なじんだころ、切り出してみる。

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 味はどうか。揚がり具合は、完璧に近い。
 ただ、カラシを入れすぎたらしく、頭がカユくなるほど辛い。これはいかん。

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(再掲)檀流クッキングについて

注:以下の文章は2006年04月23日初出のmixi日記を加筆修正したものです。ゆえあって再掲載します。

   *

 Amazonで、檀一雄さんの「檀流クッキング」と邱永漢さんの「食は広州に在り」を買いました。どちらも30年前の本ですが、すごく有名で、名文といわれている食味随筆です。食べ物のことを書いた本ですね。まだ読んでなかったのです。

「檀流クッキング」から、じわじわ、ねぶねぶ読んでいますが、これは凄い。キャベツに包丁を入れたときのような
「ザックリ」
 という感じの文体で、自分流の料理の方法が書かれてある。
 名文といわれているからいうわけではないが、文章がいい……。
 さくさくと読めていけて、シメのひとこともひどくあっさりしているが、あとからどっしりと効いてきて、
「ちょっと今のとこ、もういっぺん読もう」
 といって、また同じ項を読み返してしまう。

 ちょっと今では誰も使わないような大時代ないいまわしがあって(いや、当時だってふつう使わなかったはずだ)、それが浮き上がらずに、じつに堂に入った感じで、文章全体のなかにおちついている。
「~するがよい」
 という力強い断言に、特にしびれた。
 たまらん。
「~するがよい」なんてぼくなんかが使ったら確実に滑稽になってしまいますけど、檀先生、なんとも悠揚迫らざる呼吸でこれをもってきて、それでたいそう説得されてしまう。

「今はサンショウの葉の匂いの高い時だから、大いに活用するがよい」
 なんていわれたら、
「はいッ! 大いに活用いたしますッ!」
 と身をのりだし膝を叩いて三回頷いてしまうではないですか。


 この本の良いところは、逆説的だけど、空腹のときに読んでも、
「うわああああ苦しい腹が減った、今すぐそれを食わせてくれええ」
 という気持ちにならないところだ。
 グルメエッセイのなかには、その料理の美味なることを非常な喚起力で描き出して、読者の胃袋をずんずん上下させだらだらと唾を出させるものがあってそれはそれで楽しいやら苦しいやらなのだが、この本はそうではない。
 そのかわり、
「うわあ今すぐその料理を俺に作らせてくれえ!」
 という気持ちになります。
 淡々と、題材の料理を作る手順が、独特の調子で書いてあるだけなのだが、それがものすごく楽しそうなのだ。
 楽しそうだなあ。
 絶対楽しいに決まってるわこれ。
 読んでるあいだ、なんとなく困り顔でにやにやして、体を左右にゆすってしまう。
 この「楽しそう」感の秘訣は、たぶん、いちいち材料の分量を書かない、というところにあるだろうと思う。たぶん、ご本人が、いちいち量を量って作っていないのだろうし、それは正しい。ぼくも多少料理をするが、材料を量らない。量りを持ち出すと、なんだか急に堅苦しい感じがする。
「だいたいでよい」
 というスタンスが全体につらぬかれていて、その大らかさが素敵だ。

 こまかい分量は書いていないが、そのかわり、「何々屋へゆき、幾らくらいで、これこれのものを、これほどの量、買ってくるがよい」と書いてある。それがまたいい。つまりこの人にとっては、どこそこの店に行って食材を見てそれに対していくら払うというところからが「料理」なので、それはまことにその通りと十回ぐらいうなずいてしまうのです。そうそう、そこが楽しいんですよ。魚屋とかスーパーとかで、今日はひとつこいつを料理してくれようかと思う瞬間ですよね。材料を料理して、それを食う、という一連の行為のなかで、その一瞬がもっともクリエイティブなのだと思うのです。
 というか、「その一瞬がもっともクリエイティブなのだ」と、これを読んで悟りをひらくようにぶわっと気づいたのです。良い本をみつけました。生きる活力すら湧いてきた。
 うわあ、おからを使った大正コロッケ、今すぐ作りたいーっ。
 いつか心がくじけたときには、大正コロッケを思うさま揚げて、力をとりもどすことにしよう。

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2008年11月16日 (日)

鷲崎流お好み焼きについて

 ミュージシャンの鷲崎健さんがやってるラジオで、絶対においしいお好み焼きの作り方というのが紹介されていて、それがなんか独特でおもしろそうだったので、軽くテープ起こししてみた。

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●鷲崎流おこのみやき

 粉を少なく。水は入れない。
 キャベツを多く。キャベツの水分でつくる。
 表面のカリッは山芋の量、中身のフワはキャベツの量。

 キャベツの水分が多いほど中がふわっとなる。

 スーパーとかで100円で売ってる市販のキャベツの千切りを一袋。
 それをボウルにあける。
 玉子を一個入れる。
 粉をまぜたものを、大さじ一杯くらい入れる。
 大さじ一杯じゃ多いかも。
 ジャッキーチェンの酔拳で、修行で腹筋しながら瓶から瓶へ水を移す奴あるやんか。そう、おちょこ。粉あれくらいでいい。
 ペットボトルのキャップ一個よりちょっと多いくらい。

 粉は「こんだけで混ざるの?」っていうくらいでいいです。キャベツがばらばらにならないだけでいいです。
 ひっくりかえすときやわらかくてやりにくいので、フライパンで焼く。

 片面を焼いているあいだに上に豚肉をてきとうにのっけて、コショウをやいのやいのかけて。
 強火でやってると、下面が焦げてかたまってきますから、ひっくりかえす。市販で売ってるあのキャベツの量だったら、フタをして弱火でだいたい六分くらいですね。
 できあがり。
 あとは山芋を入れるか入れないかは個人ですよね。

 おこのみやきはおいしくキャベツを食べるもの。キャベツと玉子のおいしさを味わうもの。粉はつながればいい。
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 書いてみたら作ってみたくなったので、作ってみました。
 ほら。

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 食ってみたら、ちょっとびっくりしたんですよ。
 キャベツがあまぁい。
 お好みソースの辛みの向こうから、フワッとした甘みが味覚にしみ通ってくる。

 ハタと気づいたんですが、これって、とん平焼きのお好みバージョンですね。広島焼きに対してお好み焼きがあるような感じで、とん平焼きに対して鷲崎流お好み焼きがある感じだ。

 主原料がまったくもってキャベツの千切りなので、ローカロリーなのも良いですね。案外、あさごはんなんかにするのも良いかもわからないです。

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