[ドラクエ2]DQ2はどうして竜退治なのか[ドラクエ10]
ドラクエ2はドラゴンを退治する明確な場面がないのに、どうして「ドラゴンクエスト」だと言えるの? という疑問に答える記事です。ちょっとだけHD-2D版の話もします。
(原則的に、特別な記述のない限り、FC版のことだと思って下さい)
初代ドラゴンクエストは、竜王を倒しにいく物語でした。dragonは竜、questは探求ですから、竜の探求、意訳して竜退治というタイトルは、実を表していました。
ドラクエ3は竜の女王からひかりのたまを託され、闇の王にそれをつきつける物語です。どこにいるともしれない竜の女王を見つけ出す探求があり、そして竜の女王から託されたクエストを達成しにいくのですから、「ドラゴンのクエスト」はタイトル通りです。
(ちなみに我々日本人にとっては、「八岐大蛇を退治してスサノオのミコトになる」という、重大なドラゴンのクエスト要素があります)
ドラクエ4と5には天空城のマスタードラゴンがいて、これに会うことが重要な要素となります。ドラクエ6のドラゴンクエスト要素については「ドラクエ6が本当に目指したもの」という記事を順繰りにごらんいただくと全部書いてあります。
ではドラクエ2は?
ドラクエ2において竜らしき者は竜王のひ孫くらいです。HD-2D版ではめちゃくちゃ存在感が増していますが、オリジナル版では「ハーゴンを倒したいなら5つの紋章を探せ」という情報をくれる程度の存在感です。オリジナル版では彼とは戦いません。
この人がいるから本作はドラゴンクエストなのである、という考えは、どうも割に合いません。
結論から先に言ってしまえば、なんと! ドラクエ2には、考え得る限り最大級に大物の「ドラゴン」を退治するシーンがあります。ドラクエ2は、初代ドラクエと並んで、「ドラゴンクエスト」というタイトルが最も似つかわしい作品だと言えます。
なぜそう言えるのかについて、今から説明します。
それを説明すると、そのついでに、ドラクエ10の「レクスルクスの禊」で、なぜドラクエ2のほこらの曲が流れるのか、なぜそこで戦うボス戦の曲がシドー戦の曲になっているのかがポロポロわかっていくという趣向になっています。
※注:「ドラゴンクエスト」を、私がどういうふうに「読んで」いるのか、情報のスキマをどういう形で埋めて空想しているのか、ということを、自分勝手に語るエントリです。こうにちがいない! ということではなく、こういうふうに捉えれば、読み手の私は心豊かなキモチになれますというニュアンスです。小説版、外伝等は参照しておりません。
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●自己犠牲の宗教者
まず「ハーゴンとは何者か」という話をします。
繰り返しますが、これはFC版ドラクエ2の話です。HD-2D版ドラクエ2では、ハーゴンのバックグラウンドがはちゃめちゃに厚塗りされていてもはや別物ですが(私はちょっと納得がいってないのですが)、それはあくまで後世の増補であって、ここで取り上げるのはオリジナルの時代に何が想定されていたかという話です。
ハーゴンは邪教の大神官です。
ハーゴン教(暫定的にそう呼びます)は、信者かそうでないかを区別するために、邪神の像を用います。邪神の像がないと、重要な施設に入れないようになっています。
つまりは邪神を信仰しているという表現になっています。
またハーゴンは、シドーのことを、「わが破壊の神」と呼びます。わが神と呼ぶものが信仰対象でないわけがないので、ハーゴン教は破壊神シドーを信仰していると受け取れます。「ハーゴンが真に信仰していたのは竜の女王だった」というHD-2D版の提示は後付けの新設定であって、オリジナルの時代にはそういう物語はなかった。
まとめると、ハーゴンは破壊衝動の権化のような怪物を信仰しており、この世を破壊することを良しとする教義をもっている。町を破壊し、人を殺しまくれば、破壊神シドーをこの世に呼び寄せられると考えている。その活動の一環としてムーンブルクを滅ぼした。
余談ですが、ハーゴン教の持つ、このスケールの大きさを私は好んでいたので、HD-2D版の「愛と信仰に狂った悲しい男」というハーゴン解釈は、キャラクターを厚くしたつもりで、かえって小さくしてしまったかなあという印象がちょっとあります。
さて、ここまではまあ、細かい異同はあるにせよ、おおむねの人が「ハーゴンってそんな感じ」と許容できそうなイメージでしょう。
ところで。
ハーゴンの神殿の一階の奥には、十字架をかたどったような巨大な空間があります。この十字架の中央で邪神の像を使うと二階に上がれるという謎解きになっています(ノーヒントなのでえぐい)。

▲玉座の背後、十字しかない空間(スクウェア・エニックス FC版『ドラゴンクエスト2 悪霊の神々』 次の画像も同)
この十字架の空間は、玉座の真後ろに位置しますので、ここがいわば、ハーゴン教のご神体に相当するものと見て良いでしょう。
十字架がご神体?
なお、ハーゴンの神殿七階の、ハーゴンの居場所(たぶん祈りの間)にも、十字架のシンボルがあります。

▲ハーゴンの背後に十字架がある
そしてハーゴンは、敗れて死ぬきわ、こういうセリフをのべます。
*「お おのれ くちおしや……。
このハーゴンさまが
おまえらごときに やられるとは。
*「しかし わたしをたおしても
もはや せかいを すくえまい!
*「わが はかいの かみ シドーよ!
いまここに いけにえを ささぐ!
ぐふっ!
スクウェア・エニックス FC版『ドラゴンクエスト2 悪霊の神々』
初めてこのシーンを見たとき、私は未熟だったので、
「シドーよ、ここにいる三人の主人公を生け贄として捧げるので、食べに来て下さい」
という意味として受け取りました。
でもそうではないんですよね。
「私は今から死ぬ。この死を、すなわち我が身が破壊されることを供物として捧げるので、破壊神シドーよ来て下さい」
ハーゴンは死と破壊を良しとする大神官だ。そして、その破壊にはなんと、自分自身が破壊されることすら含まれる。それすらも良しとする。
自分自身の破壊すら是とする姿を見せるから、それに応えて破壊神シドーが現れる。
この狂信こそがハーゴンを際立たせているものであって、ここが猊下のすばらしいところ。スケールが大きく、信仰が本物。
さて、この話の流れでいうと、ハーゴンは「自己犠牲の者」ということになります。と、これで今回の話の全体像がわかった方もいそうだ。
●反キリストとしてのハーゴン
われわれの実在の歴史において、自己犠牲の逸話を持っている、いちばん有名な宗教者はイエス・キリストです。
キリストは、人類の罪を自分ひとりで一身に引き受けて、自ら十字架にかかって刑死したとされています。私が罰を受けて死ぬから、神よ、人々の罪をお許し下さいということですね。
この逸話があるので、自己犠牲はキリスト教において重要な要素となっています。キリスト教が十字架をシンボルとするのはまさにこのことがあるからです。
ところで、前述したとおり、ハーゴンの神殿には十字架の間があります。神殿最上階の祈りの間にも十字架が立っています。そして自己犠牲によって神に呼びかけました。
となると、こういう想像をするほかないと思うのです。「ハーゴンのモデルはイエス・キリストだ」。
……という言い方をすると気分を悪くするキリスト者がいるかもしれないから、こういう言い方に変えてみます。
「ハーゴンは、キリストを反転させた者、悪の世界のジーザス・クライスト、反キリストというコンセプトでデザインされたキャラクターだ」
ハーゴンとハーゴン教は、キリスト教のパロディというコンセプトでできている。キリスト教を正反対の邪悪な方向に振りきったらどうなるかという形になっている。
どこかで読みかじった話なのですが(出展忘れました)、反キリスト思想とか、悪魔崇拝といったものが、かつてあったり、今もあったりするそうです。そういった人々が行う宗教儀式というものは、キリスト教の儀式を醜悪な方向にパロディ化したような表現で行われがちなのだそうで。
ようするに、キリスト教を馬鹿にするために、キリスト教のモノマネをするという方法論なのでしょうね。
「黒ミサ」なんて言葉は、そういうことを端的に表しています。ミサというのはキリスト教の祭礼のこと。それを黒い方向にゆがめたものだから黒ミサ。
ハーゴンとハーゴン教は、そういうチューニングになっている。だから、キリスト教では美しいものとされる自己犠牲の行為が、邪神を召喚するために行われる。「悪の世界のキリストである」というコンセプトを明確にするために、ハーゴンの神殿には十字架の間が設定される。
そしてハーゴンが召喚した悪霊の神々のうち、ベリアルは中世以降のヨーロッパ悪魔学のメジャーな悪魔だし(新約聖書にも名前が出てくる)、パズズは小説および映画『エクソシスト』で少女にとりついた悪魔として有名。
(アトラスだけちょっと毛色が違いますね)
そのようなことで、ハーゴンがキリストを戯画化したもの、悪のキリストである。ここまでのことはいいとしましょう。
悪のキリスト・大神官ハーゴンが命とひきかえに呼び出す破壊神シドーとは何でしょう。
●竜の登場
キリストは人々の罪をすすぐために自ら死刑になり、神はキリストを天に召し上げました。
ハーゴンは自らの命とひきかえに、シドーをこの世に呼び寄せました。
ハーゴンが反キリストつまり「悪魔の世界のキリスト」だとしたら、彼が信仰しているシドーとは、キリスト教の何に相当するだろう。
それは自然な連想の働きとして、悪魔の首領、サタンである、となるでしょう。
つまりシドーというのはサタンの言い換えだ。反キリストであるハーゴンが、キリストのパロディのように死刑になって、命と引き換えに呼び出すものである以上、これをサタン以外のものに擬すのは難しい。
というか、シドーは別次元の別世界から呼び出されるものと見えますので、なんならシドーは「サタンさんご本人である」と考えてもそうおかしくないくらい。
異世界の狂信者が、
「サタンよ、キリストが神に命を捧げたように、私は命をあなたに捧げます。だからここに来て下さい」
と言えば、サタンさんは喜んでホイホイ次元を超えてやってきそうです。
ということで、ドラクエ2の物語は、
「悪魔の世界のキリスト(ハーゴン)が、自己犠牲によって、サタン(シドー)をこの世に呼び寄せる。主人公はこれを退治する」
という形に意訳ができるのです。
と、これが冒頭の問題設定、「ドラクエ2はどうしてドラゴンのクエストだと言えるのか」の答えです。
なぜなら、サタンというのは竜だからです。
だって新約聖書にそう書いてある。
そのとき私は、底なしの穴のかぎと太い鎖を手にした天使が、天から下って来るのを見ました。彼は、悪魔とかサタンとか呼ばれている、あの古い蛇である竜をつかまえ、鎖で縛って、千年の間、底なしの穴に閉じ込めてしまいました。
『リビングバイブル』ヨハネの黙示録 20(傍線は引用者による)
破壊神シドーがサタンをモデルとして創造されたもの、ひょっとしたらサタン本人であってもおかしくないものだとしたら、シドーの本質は竜です。
姿形も、ウロコを持ち、尻尾は蛇ですしね。
そうすると、ドラクエ2というのは物語の最終地点で竜と出会い、竜を倒す物語ということになる。
おそらく、ドラクエ2を構想するとき、堀井さんはこう考えた。
初代ドラクエはシンプルな竜退治のお話だった。だからタイトルは『ドラゴンクエスト』でよかった。
さて、今から『ドラゴンクエスト2』を作る。
そういうタイトルである以上、今回もドラゴン退治のお話でないといけないだろうか?
たとえば、竜王よりすごい新たな竜のボスが来ました、という話にする? それって、全然意外性がないよね。単にエスカレーションしただけ。
でも、題名を『ドラゴンクエスト2』にする以上、なんかの形で竜退治にしないといけないなとは思う。
とりあえず何か手がかりが必要なので、幻獣辞典とか、モンスター大百科とか、TRPGのモンスターリストみたいなものを手当たり次第読みまくる。すると、「サタンというのは竜である」という知識につきあたる。
これは使えるんじゃないか。サタンというのはラスボスのスケール感として申し分ない。「今回もまたラスボスはドラゴンなの?」というガッカリ感を遠ざけつつ、ドラゴン退治というコンセプトを維持できる。
ラスボスを「サタンとして読めるもの」と設定し、その周辺をキリスト教系のオカルティズムでまとめるのがいいんじゃないか。
なので、中ボスにキリスト教系オカルティズムの怪物を入れる。ベリアルとかだ。フィールドモンスターにアークデーモン。小悪魔としてベビル(ベビーデビル)。
サタンの信仰者として、悪のキリストみたいな人物を設定する。この人物をラスボスだと思わせておいて、実は真のラスボスがいるという二段構えにすれば意表が突ける。
ついでにキリスト教の死の天使ザラキエルをもじって、ザラキという即死呪文も入れときましょう。
(ザラキの語源がザラキエルって話、気づいた人すごいよねぇ)
こんな感じにまとめれば、サタンの三文字を直接使わなくとも、これはサタンですねという形にできる。サタンは竜なのでドラゴンクエストになる。
こんなの気づかない人が大半だろうけど、わからなくても別にいい。なんかわからないけど、このへんにフワッと何かあるのを感じる、というのが「物語のふくらみ」というものである。
……というような成り立ちでドラクエ2は出来ている、というのが私の想像です。
●レクスルクスの禊
ところでこの件にダイレクトに関係ある話として、ドラクエ10の「深淵の咎人」の話をします。
ドラクエ10の世界には、天星郷という、天使の住む場所があります。空の上にあります。
その天星郷には、「レクスルクスの禊」という謎の部屋があって、そこは存在自体が秘匿されていて、限られた天使と我々プレイヤーしか知らない場所となっています。
ゲーム的には、エンドコンテンツ的なボス戦を行うための控え室です。
ここで戦えるボス群は「深淵の咎人たち」と呼ばれており、最近明らかになった情報では、これらボスキャラは、何らかの理由で(たぶん罪を犯して)モンスター化した元天使だとのことです。
(ただこれは、第一弾ボスモンスターが「天使の輪のような攻撃」をしてくるので、ほぼしょっぱなからめくれている情報でした)
罪を犯してモンスター化した元天使が、ここに幽閉されている。しかし、彼らは定期的に力を取り戻して暴れ出すので、定期的に討伐して力をそぎ、おとなしくさせる……というのが、このコンテンツの立て付けです。
かいつまんで言えば、レクスルクスの禊にいる深淵の咎人たちの正体は、堕天使だということですね。
堕天使。
キリスト教において、最も有名な堕天使といえばルシファー。
彼は神の次に偉い天使だったのですが、神に対して反乱を起こし、天を追放されました。ルシファーとサタンは同一人物だとされます。呼び方が二つあるだけで、同じ人。
ダンテの『神曲』によれば、ルシファー=サタンは地獄の最下層で幽閉刑になってるみたいです。幽閉刑?
ルシファーというのはラテン語で、明けの明星=金星を表す言葉だそうで、しばしばルシファーと金星は同一視されます。太陽と月を除けば、金星はいちばん明るい星なので、「天にある強大なもの」というイメージが、金星に仮託されている。
ところでレクスルクスの禊には四匹のドラゴスライム(ドラゴン属性のスライム)がいます。この四匹には、ラテン語の星座の名前がつけられています。深淵の咎人たちは、罪を償い終えると、善良なドラゴスライムになるようです。堕天使は禊を終えると、翼のある、ドラゴン属性の、星の名前の生き物になるってことです。
そしてレクスルクスのレクスはラテン語で王。ルクスはラテン語で光。これはたぶん明けの明星・金星のイメージ。
ということで、レクスルクスの禊というのは、「金星に象徴されるような光の王であった堕天使ルシファー=サタンが、罪を洗い流す場所」というイメージで名付けられた場所ということになります。そしてそこに湧き出してくるモンスターは堕落した天使である。ようするにこの場所は、堕天使=悪魔が懲役刑を受けてる地獄の入り口だという話です。
で、冒頭にも述べましたが、レクスルクスの禊で流れるBGMは、ドラクエ2の「聖なるほこら」。
そしてボス戦、深淵の咎人戦で流れる曲は、ドラクエ2のシドー戦のBGM「死を賭して」なのです。
ルシファーとその堕天のイメージをこれでもかとちりばめた空間に、サタンとキリスト教系オカルティズムでまとめられたドラクエ2の曲が流れる。これが意図されていないとはどうしても考えられない。
おそらくドラクエ10の制作陣は、「シドーというのはルシファー=サタンと同一視できるものなんだ」というドラクエ2の裏設定(推定)を、堀井さんから聞いて、知っていた。
ドラクエ10の物語のフィールドが天界(天星郷)に移り、そこで「罪を犯して怪物と化した天使が世界を壊しに来る」というコンセプトのエンドコンテンツボス戦を企画することになったとき、自然にシドーとルシファー=サタンの関係を思い出した。
今作ろうとしているコンテンツの本質は、シドーのあり方と極めて類似するものだ。だって今回のボスはルシファーに類似するものだし、シドーはサタンに類似するものだからだ。
ということがあったので、自然とBGMにドラクエ2のものを選曲することになった……というお話。ドラクエ2的には、ドラクエ10のレクスルクスの表現からも、シドーはサタンに類する者かそのものだ、という結論は導けるということになる。
●HD-2D版のハーゴン教は何のパロディか
本論としてはここまでで、ここからは余談としてHD-2D版の話をします。
反キリスト思想者や悪魔崇拝者はキリスト教のパロディ表現をするという話をしました。その話をもとに、ハーゴンは十字架をあつらえ、自分を犠牲にして悪魔を呼び出すという究極のキリスト教パロディを行ったという解釈でした。
FC版にはあからさまに十字架が出てきていたのですが、現代には、宗教のシンボルの扱いは慎重でなければならないという規範がありますから、いつしかドラクエには、十字架のシンボルは用いられなくなりました。HD-2D版ドラクエ2にも十字架表現はありません。
でも、「ハーゴンはまともな宗教のパロディ表現を行う」というコンセプトはHD-2D版でも踏襲され、新しい形で提示されています。
たとえば。
HD-2D版には、「十字架の間の中央で邪神の像を使う」という表現はなくなったのですが、十字架の間のかわりに、「精霊ルビスの祭壇を邪悪な方向にアレンジした部屋」が設定されました。

▲スクウェア・エニックス HD-2D版『ドラゴンクエスト1・2』(以下の画像も同)
上記の写真が、FC版における十字架の間に相当する場所です。中央に巨大な邪神の像があり、その周辺に五つの台座があり、光がともるという形です(五つ目の台座は邪神の像の背後になっていて、見えませんが、おそらく五つの台座のはずです)。
これは、以下に示すルビスのほこらの祭壇と見比べると、対応がはっきりします。

そして、ハーゴンの神殿の最上階の祈りの間。FC版には十字架が立てられていましたが、これもなくなりました。
そのかわりにHD-2D版で設置されたのは、ロトの紋章を悪そうな方向にアレンジしたシンボルでした。

HD-2D版は、現代の規範に合わせて、「キリスト教のシンボルを使い、キリスト教のパロディをする」という表現が薄められていますが、そのかわり、「精霊ルビス信仰のシンボルを使い、悪意でゆがめてパロディにする」という表現になっているわけです。
さてHD-2D版には、「ミリエラ」という新たな中ボスが設定されました。この人物は、SFC版ドラクエ2で初登場したキャラクターで、ハーゴン神殿1階の幻のローレシア城を支配する謎のバニーガールでした。このキャラクターが新解釈されて、悪霊の神々のお三方と同列くらいまで昇格し、ハーゴン四人衆となりました。
なんでそんなチューニングが発生したのか。
アトラス、バズズ、ベリアルの三名が、ローレシアの王子、サマルトリアの王子、ムーンブルクの王女と一対一で対応する置き方になっているからです。
物理攻撃しかできないが、その物理がめちゃくちゃに強いアトラスとローレシア王子。
メガンテ、ザラキ、ベギラマを使うバズズ及びサマルトリア王子。
ベホマとイオナズンを使うベリアル及びムーンブルク王女。
悪霊の神々三匹は、FC版のときから、「精霊ルビスの三人の使徒」を醜悪方向にチューニングした、邪悪なパロディになっている。
これは、ハーゴンが意図的に三人の主人公のパロディを召喚したわけではないでしょう。でも堀井さんは、「今回の敵は善なる信仰を醜悪にパロディ化したものとする」というコンセプトを持っていて、それを中ボスの置き方に反映した。
ところで、HD-2D版ドラクエ2では、主人公が一人追加されました。FC版ではお城で待つだけだったサマルトリアの王女が旅に加わり、4人パーティとなったのです。
精霊ルビスの使徒が四人になったのだから、ハーゴン配下の三人衆も、四人にする必要があるよね。
サマルトリアの王女に対応する中ボスを入れよう。
サマルトリアの王女は、もとは端役だったキャラクターが昇格したものだから、対応する中ボスも端役からの昇格にしよう。ああここに、ミリエラというのがいた。サマルトリアの王女がちょっと手のかかるコントロールが効きにくいキャラだから、ミリエラもそういう方向でキャラ立てしていこう。
という経緯でミリエラは成立しているだろう、という読み方ができます。
●偽のキリスト教と真のキリスト教の戦い
キリスト教の話をしたので、ついでに余談をもう一つ。
FC版のドラクエ2は、精霊ルビスの助力を得て、悪を倒すお話です。ハーゴンの幻術にまやかされた主人公たちは、精霊ルビスの声に導かれてまぼろしを打ち払い、ハーゴンとシドーを倒します。
シドーを倒すと、もう一度、声がします。クエストの達成を祝福してくれるのですが、そのとき声は、「わたしのかわいい子孫たちに、光あれ!」と述べるのです。
シドーを倒したときに聞こえてくる声は、普通の考えでは、精霊ルビスのものだとするのが自然です。なぜなら、精霊ルビスが助力を約束してくれる→精霊ルビスが幻を払ってくれる→精霊ルビスが成功を祝福してくれる、という自然な流れになりますからね。
ですが、この声は主人公たちのことを「わたしの子孫」と言う。
この物語において、主人公を「子孫」だと言いそうなのはローラ姫です。ドラクエ1の主人公とローラ姫は結ばれ、彼らは三つの王国を築き、ドラクエ2の主人公たちはその王家の子孫です。
流れからいえば精霊ルビスとしか思えない声が、ローラ姫しか言いそうのないことを言うのはなぜか? という謎が、ドラクエ2にはあるのです。
(HD-2D版ではこのセリフはなくなりました)
その話について、以前こちらで詳しく書いたのですが、
私の考えは、精霊ルビスとローラ姫は同一人物だ、というものです。詳しくは上記の記事をご覧下さい。
(この話を、ネットで語られている風説みたいに紹介するサイトがあってモヤモヤしています。実在の提唱者がいて、提唱者が書いた記事がここにあるんですけどねぇ)
ローラ姫は精霊ルビスの地上におけるアバターのようなもの。存在としてのスケールに差はあるのでしょうが、本質的には同一のものである。
だから精霊ルビスはゾーマに囚われ、ローラ姫は竜王に囚われる。ルビスを救い出すと聖なる守りが授与され、ローラ姫を救い出しても聖なる守りが手に入る。
そのように考えれば、精霊ルビスの声が、ローラ姫しか言いそうのないセリフを述べても問題なくなる。
なぜ急に、この話をしだしたかというと、キリスト教の神とイエス・キリストは同一人物だとされてるからです。
キリスト教の正統な教義では、神様とキリストは、同じ存在が別の姿をとったもので、本質的には同一人物だそうです(神のことを人物と言っていいのかどうかわかりませんが)。
三位一体説というそうで、父と子と聖なる霊は同じものだというのが正統派の考え方。父は神、子はイエス。聖なる霊が何なのかはよく知りません。
ようするに、精霊ルビスとローラ姫は、神とキリストに相当するといえるよねと言いたいわけです。
世界を作った神が地上に自分のアバターとしてキリストをつかわしたように、世界を作った精霊ルビスは地上に自分のアバターとしてローラ姫をつかわした。キリスト教において、父と子が一体であるように、ドラクエ2において母と娘は一体である。
そのような形を想定した場合、「精霊ルビスの使徒たちがハーゴンおよびシドーを倒す」という物語はどうなるか。
邪悪な神とその預言者(シドーとハーゴン)がこの世を滅ぼそうとするとき、真なる神と真なる預言者(ルビスとローラ)に導かれた三人の使徒がこれを阻止する。
もっとつづめれば、「偽のキリスト教がはびこったとき、真のキリスト教がこれを滅ぼす」という構造になる。
そしてこのとき、「真のキリスト教」に相当するものを、女神信仰と精霊信仰の形で描くところが、女神の主神を持ち、かつては母系社会であり、アニミズムの伝統を持つ日本人の作品らしいところですね。というところで書き尽くしました。以上です。
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