【ドラクエ・ロト三部作】精霊ルビスその6「ラーミアはアレフガルドの朝を羽ばたく」
最終回です。
※注:ドラクエ、ロトシリーズを、私がどういうふうに「読んで」いるのか、物語のスキマをどういう形で埋めて、どういう全体像を空想しているのか、ということを、自分勝手に語るエントリです。
こうにちがいない! ということではなく、こういうふうに捉えれば、読み手の私は心豊かなキモチになれますという、そういうニュアンスです。ドリームじゃん!とか言わないで下さい。最初から全部ドリームです。
順番にお読み下さい。
【ドラクエ・ロト三部作】ローラ姫と精霊ルビスの謎 その1
【ドラクエ・ロト三部作】ローラ姫と精霊ルビスの謎 その2
【ドラクエ・ロト三部作】精霊ルビスその3「世界を創るということ」
【ドラクエ・ロト三部作】精霊ルビスその4「造物主さまのねがいごと」
【ドラクエ・ロト三部作】精霊ルビスその5「ルビスの乗り物その名はラーミア」
*
ドラクエ3のエンディングでは、ギアガの大穴と魔王の爪痕が閉鎖されたことで、上の世界に戻ることができなくなります。「故郷に帰れなくなっちゃった、アレフガルドに閉じこめられちゃった!」という驚きとか悲壮のようなものを、ユーザーに提示します。
エンディングメッセージによれば、主人公は、その後すぐに失踪したということになってます。
これを「あんまりにも淋しいじゃないの」と思った人が多いようで、
「きっと、アレフガルド世界を救った後、主人公は故郷の世界にひっそりと戻ったのだ」
という説を、多くの人がとなえています。
これは、ゆえなき説ではなくて、わりとハッキリした出どころがあります。
堀井雄二さん本人が、
「あのあと、主人公は、もとの世界に帰ったんだと、そういうふうに考えるのもいいんじゃないかな?」
という意味のことを発言しているのです。ちょっと初出がどこかは忘れたんですが、当時私も、この発言を読みました。ハッキリおぼえています。たぶん、どこかの雑誌で堀井さんが持っていた連載だったと思うのですが。
(あれ、中村光一さんの発言だったかもしれない。どっちかなのは、確かです)
(追記:ちょっと検索で探ってみました。当該発言は「ドラゴンクエスト3 マスターズクラブ」という本に採録されているようです)
※さらに追記。『ドラゴンクエスト3 マスターズ・クラブ』を入手したので、該当箇所を引用します。私が覚えている文面と微妙に違うので、別の場所で同様の発言があるものと思われます。
(引用者注:3人の仲間が、のちに太陽の石などを託される「3賢者」なのではないかというファンの推論に対しての堀井さんの返答)
(略)3人の賢者のことは、たしかにそう考えるとつながる部分はあるね。ただ、逆にあの後、勇者ロトは母親のトコロに仲間を連れて帰った、と考えてくれても良かったんだよ。だから、勇者ロトは最後に行方しれずになっちゃったんだよね。
(『ドラゴンクエスト3 マスターズ・クラブ』P45)
私は当時、これを読んで、
「そんなこと言われても、ゲームの中にそんな表現はないし、可能とは思えないけどなぁ……」
といった印象をもちました。
けれども。
ドラクエ3を、今の目で、ちゃんと見直してみると、「ああ、たしかに主人公は、あのあと元の世界へ帰ったんだな」と思える表現がなされていることに、気づきます。
きちんとゲームの中に、それは描かれていた。
不死鳥ラーミアが、次元を越えて人を運ぶ鳥であるのなら、たとえギアガの大穴が閉じたとしても、ラーミアは上の世界とアレフガルドを行き来できるはずだ。
そして、もしラーミアがアレフガルドに来てくれるなら、主人公はそれに乗って、もとの世界へ帰ることができます。精霊ルビスが呼べば、ラーミアはきっと来るでしょう。
そして、実際に、ラーミアがアレフガルドの空を飛んだという表現が、ゲームの中にあるのです。
それは。
*
その場面を掲示します。youtubeで見つけた、FC版ドラクエ3のエンディング動画を掲示してしまいますので、まだプレイしてない人は気をつけて下さい。
人々に英雄として迎えられ、勇者ロトの称号を手にしたところで、画面は暗転し、あのロトのマーク、“鳥のエンブレム”が大写しになります。
鳥のエンブレムを背負って、「せいなるまもりはロトのしるしとしてのちの世に伝えられた」というメッセージが流れますので、「ロトのしるしとは、この鳥のエンブレムだ」ということが暗示されているのは、間違いなさそうですね。聖なる守りにはこの鳥マークがついてたんだよ、と制作者が思わせたがっていることは、この演出から、とりあえず明らかだと思います。マァそれはさておき……。
メッセージが流れて、鳥のエンブレムがいったん消えます。
「そして 伝説が 始まった!」
という、素敵な宣言のあと。
もう一度、鳥のエンブレムが、輝きを帯びながら、浮かび上がります。
鳥のエンブレムが印象的に浮かび上がったあと、スタッフロールになります。この演出が凝っています。
冒険の舞台となった、美しい世界の風景が流れ、なつかしいお城や楽しかった町の景色を映し出していくのです。
はじまりの国、アリアハン。
魔物に支配されていた城、サマンオサ。
おちゃめな王様のいたロマリア。
エジンベア、ダーマ、イシス……。
ラーミアを示しているとおぼしき、鳥のエンブレムが輝く。
美しい世界の景色が、流れてゆく。
これを、「単にそういう、イメージ映像」と思ってしまうのではなくて、
「天空を羽ばたく不死鳥ラーミアの背中から、世界を見下ろしている」
そういう風景だと理解してみては、どうでしょう。
映像がスクロールするのは、ラーミアが飛んでいるからです。
なつかしい場所が映し出されるのは、ラーミアの背中に乗っている人が「なつかしい場所を見たい。この美しい世界を、目にやきつけたい」と思っているからです。
そうして、ラーミアはさらに羽ばたき、大地は視界の下でさらに流れ、また新しい景色を映し出します。
ラダトーム城とゾーマ城。
メルキド。マイラ。リムルダールの町……。
そう。それらは、アレフガルドのお城と町並みです。
このエンディングの、流れる風景が、「ラーミアから見下ろした美しい世界」なのだとしたら。
不死鳥ラーミアは、アレフガルドの空を飛んでいる。
ここで映し出されるアレフガルドは朝の景色です。
つまり、アレフガルドが常闇の国であることをやめて、光ある世界になったあとの景色ということです。
光をもたらしたのは勇者ロト、主人公なのですから、主人公が魔王ゾーマを滅ぼしたあとで、不死鳥ラーミアはアレフガルドにやってきて、その朝の空を飛んだのです。
次元を越えて羽ばたく鳥ラーミアが、アレフガルドの空を飛んだのなら。
その背に乗っているのは勇者ロト。主人公でしょう。
主人公は、彼が守ったその美しい2つの世界を、まなこに焼きつけたあと。
「さあ、帰ろう」
故郷のアリアハンに戻っていったにちがいありません。
私は、このエンディングは、そういうことが意図されているに間違いないと思います。だから、ドラクエ3を作った人たちは、最初から「主人公はアリアハンに帰還したんだ」という結末を想定していた。そういう表現をきちんと入れている。
ドラクエ3のエンディングは、そういう「謎解き」なんだと思う。
そして。
ラーミアに乗った人物が、「この美しい景色を、もっと目に焼きつけさせてくれ」と願ってそうしているのなら。そこに込められた気持ちは、
この世界のすべてが愛しい。この世界を愛している。
それはおそらく、精霊ルビスが求めてやまない言葉なのです。
精霊ルビスにとって、勇者ロトは、自分を助けてくれた恩人ですし、その恩にむくいるために「いつかきっと恩返しをいたしますわ」なんて言って、実際に子孫が困ってるときに助力してくれたりするわけです、が。
だけれども。精霊ルビスにとって、勇者ロトが特別な存在であるのだとしたら、その理由は、助けてくれたからではなく、
彼女が作った世界を、最も愛してくれた人だから。
そんなふうに思いたいなっていうのが、私の気持ちです。
*
最後にちょっとした、私好みの神話的な読み方をして、終わりにします。
ルビスが作ったアレフガルドは未完成で、闇に包まれており、世界を構成する重要なパーツである「太陽」というものが登らず、昼というものがない世界でした。
ドラクエ3から、ワールドマップに昼と夜が表現されるようになったのは、リアリティのためではなく、「昼も夜もある世界」に対する、「夜しかない世界」を際だたせるためです(これは断言しても良いと思う)。
世界を闇に閉ざしていたゾーマを、主人公がやっつける。するとルビスは力をとりもどし、この世にはじめて朝というものがやってくる。そこでエンディングとなり、主人公は勇者と呼ばれるわけなのでした。
だけれども、私としては、「主人公は腕っぷしが強くて、魔王をドツいてぼてくりこかしたので、彼は勇者です」というのは、ちがう気がする。ちょっと、そうは考えたくないのです。
ゾーマは闇というものの象徴であって、この世に光がもたらされないように妨害していました(多分)。ゾーマがいるかぎり、アレフガルドに光さす朝は来ないのです。
ですから、ゾーマは「アレフガルドを覆っている、闇」そのものです。
ゾーマはすごく強くて、唯一の弱点である「ひかりのたま」がないと、倒すことができません。あ、いや、ゲーム的には、すごくレベルを上げればナシでも倒せますけど、ストーリー的には、ひかりのたまがないとだめです。
ゲーム的には、「光の玉でゾーマを弱らせたあと、剣で斬ったり、魔法を撃ち込んだりする」ことで、ゾーマは討ち果たされるわけなのですが、物語としては、あるいは構造としては、
「闇そのもの」であるものに、光の玉をかざした
からこそ、ゾーマは滅ぶのだと思います。主人公が勇者であるのは、強い力で敵を殴ったからではなく、「光を持ってきて、闇をはらう」という行為をおこなったからです。そう思いたいです。
闇の象徴である者に、光の玉をかざす。
闇しかなかった世界に、朝の光があらわれる。
これは完全に、意図されて同型になっているものです。
ひかりのたまは、アレフガルドには存在せず、上の世界にありました。ですから、アレフガルドにひかりのたまを持ち込むには、上の世界とアレフガルドを行き来する能力がないとだめです。
勇者ロトが偉人であるのは、繰り返しますが腕っぷしが強いからではないはずです。
そうではなくて、
昼も夜もある世界から、光を持ってきて、夜しかない世界に分け与えてくれたから。
朝というものを、この世に作ってくれたから。
そういう偉業をなしとげたから、彼は偉人なのである。そういうふうに思いたいわけなのです。
精霊ルビスが作り始めた大地アレフガルドは、夜だけがあり、昼というものがない不完全な世界になっていました。
そこに、主人公が光というものを、いわば太陽をもたらしたことで、未完成だったアレフガルド世界は完成をみます。
ですから、いってみれば、未完成だったアレフガルドを完成させたのは勇者ロトです。アレフガルド世界は、勇者ロトと精霊ルビスの合作。ふたりが協力してつくりあげた世界だということができます。
もっと表現をエスカレートさせるなら、勇者ロトは、光をつかさどる創世の父神です。
空(太陽)をつかさどる男神と、大地をつかさどる女神があわさって、世界が生まれた……というのは、わりといろんな神話にみられる類型です。ギリシャ神話なんかもそうでしたっけね。
この物語は、そういう神話的イメージをすかしみることができそうなのです。
そんなわけで、ドラクエ3の主人公勇者ロトは、ルビスという母神と対になることで、象徴的な意味合いで「世界を生んだ父」であるということができます。
そしてそれは、父オルテガの背中を追いかけていた少年が、強く育ち、ついには、世界というものの父親になったのだ。そういう感じを見ることもできます。父に追いつこうと思っていた者は、いつしか、最も大いなるものの父となっていた……。そういうところに、きっと響きあっています。そして、このモチーフは、ドラクエ5に引き継がれてゆくわけです。
(おしまい)
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